NODA MAP「エッグ」@東京芸術劇場 プレイハウス

【ネタバレなし感想】
ネタバレを避けつつ既に観た人の感想を読んでいると「よくわからなかった」と「すごく面白かった」に二分されていたので、「きっと近年のストレートにテーマをぶつけてくるタイプの作品じゃなくて、遊眠社時代っぽい作品なんだろうなー。知識の豊富な人には重層的なイメージの連鎖が面白いけど、そうでない人にはわかりづらいタイプの話だろうなー」などと思っていましたが、実際にみたら予想もそう外れていない感じでした。物語の核心となっているのが何の事件なのかはもちろん解ってはいるのですが、物語を100%楽しむにはこちらの知識と理解力がちょっと足りない気がしたというか。詳細はネタバレ含めて下記に記します。


※観劇がまだの方はこの先は読まないほうがいいかなーと思います。改行後にネタバレ感想あります。
















【ネタバレあり感想】
物語冒頭で描かれるのは、『学生にリニューアルした新しい劇場を女学生たちに案内する「芸術監督の愛人」と、寺山修司の未完の作品の台本を読んでいる「芸術監督・野田秀樹」』のエピソードと、その台本に書かれている『オリンピックを目前に控えた謎のスポーツ「エッグ」の選手たち』の物語。「エッグ」の選手にはベテランの粒来幸吉(仲村トオル)と新人の阿倍比羅夫妻夫木聡)がいて、ピークを過ぎたエリート選手の悲哀と、田舎の貧乏な家に育った三男坊がレギュラーの座をつかもうとする姿が描かれている。一方、歌手の苺イチエ(深津絵里)は粒来の熱狂的なファンであったにもかかわらず、新たにスター選手になった阿部と無理矢理結婚させられる…というのが序盤の物語。

東京オリンピックといえば1964年ですが太平洋戦争前の1940年に予定されていた「幻のオリンピック」があったんだそうで。(Wikipedia参照)。そして「エッグ」というスポーツのルーツを辿って行くと第二次世界大戦期の満州にいきつき、そこで行われていたおぞましい人体実験の話にたどり着く(731部隊が行なっていたアレですね)。捕らえた捕虜の外国人を「マルタ」と呼んで、密室に閉じ込めて生物兵器の実験を行なっていた…というのが物語の核心部分(もっとも生物兵器の実験というより見た感じはナチスの毒ガス室を思い出させる演出でしたが)。つまり開幕前に言われていた「スポーツと音楽がテーマ」というのは表向きで、「代理戦争(スポーツ)」と「戦争の時に人々を煽動するためのツール(音楽)」によって描かれた実際のテーマは「不都合な真実を隠蔽する日本への体制批判」だろうと思うんですが。

たとえば裸足の阿部比羅夫が「裸足のアベベ」で、粒来幸吉が「円谷幸吉」で、満州で人体実験を行ってたのは「731部隊」で、卵に穴をあけて穴の位置で個人情報を管理するのが「ナチスホロコーストに使われたパンチカード」で、苺イチエは「李香蘭」のイメージで、(もしかしたらオーナー役の秋山菜津子川島芳子で?)……といったように、物語に登場するものが「何の隠喩か」というのにどれだけ気づけるかで物語への理解度が変わってくるんだろうな、と思いました。私の年代だと円谷幸吉という名前にうっすら聞き覚えはあってもその壮絶な遺書については後で検索して「ああ、この遺書の人か!」という程度の知識でしたし。もちろん大戦中のエピソードについては今やほとんどの人が教科書的な知識しかないでしょうけれど、731部隊の人体実験とかっていま教科書に乗ってるんでしょうかね。改めて調べてみると森村誠一悪魔の飽食」とか香港映画「黒い太陽」によるフィクション説もあったりして、もしかしたら若い世代の人は知らないんじゃないかなあと思ってみたり。私も後から作中に登場したキーワードを検索して「ああなるほどそういうことか」と思う部分も多かったです。

NODA MAPの過去の作品でいうと、オウム事件を扱った「ザ・キャラクター」なんかはもう私の世代でもリアルタイムに知っているのでグイグイ物語に入っていけたのですが、「カノン」は『あさま山荘事件』なので正直ピンとこない作品でした。「ロープ」の『ソンミ村虐殺事件』はリアルタイムには知らなくてもテーマがストレートに描かれていることで「知らなくても大丈夫」な話ではありましたが、やはりそのニュースをリアルタイムで見ている人とは「見えるもの」が違ってくるだろうなあとは思います。「ザ・キャラクター」を見た時に思ったのは、オウム事件を知らない20代の人なんかは、「液体のはいったビニール袋を傘の先で突く行為」が何を指してるかはわからないだろうなあ、ということでした。リアルタイムで当時のニュースやワイドショーを見ていた人にとっては、それがどんなにおぞましい瞬間だったかは理解できるかと思うのですが。おそらく今回の「エッグ」についても、そういう世代間の理解の差はあるだろうなあ、と思った次第です。私もこの物語の理解度はおそらく半分くらいで、気持ちが物語の本質に届かないままに終幕を迎えてしまった感がありました。

さて役者について。メインのキャストはみんな良かったです。深津絵里さんに関しては今までの野田演出だとちょっと鼻につく部分も多かったのですが(すみません)、今回は悪くなかった。妻夫木くんも「キル」の時は堤真一の芸風コピーにみえてしまったのが、「南へ」「エッグ」と回を追うごとに俄然良くなってきてる。仲村トオルさんも野田地図初参加にして印象に残る存在感。それは決してボディビルダーのような胸筋のインパクトだけではなく、声の通りや表情もすごく良かった。椎名林檎の曲も「ああ椎名林檎節!」という感じで、どっちかというと深津ちゃんの歌じゃなくて本人のボーカルで聴きたい、とは思いましたが、それでも深津ちゃんのボーカルはそれはそれで歌唱力を補う味があって良かったし。カーテンコールに使われてた曲はこれまでの野田地図っぽくなくて、あーなんかすごくSOIL&"PIMP"SESSIONSっぽい曲だなーと思ったらそのものズバリでした。椎名林檎作曲のボーカル曲をSOILがアレンジしたのですね。→ICHIGO ICHIE / 望遠鏡の外の景色AmazoniTunes Storeにもあります)

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しかしまあこういう話を、東京オリンピック誘致に燃える石原都知事の牛耳る東京都の公共劇場でやってしまうところが野田さんだよなあ。さすがだよなあ。なんて思ってしまったことでした。だいたい野田さんの新作はリアルタイムで何かの事件とリンクしがちなのですが、今回も奇しくも尖閣諸島問題や中国の反日デモで日中間の緊張が相当高まった時期の上演。そうだよなあ、中国が日本を敵視するのはこのへんから来てるんだもんなあ根深いよなあ……などと思いながら見ておりました。


10月3日(水)マチネ観劇