「障子の国のティンカーベル」@東京芸術劇場シアターイースト

野田秀樹が1981年に書いたというずいぶん初期の作品。これをテアトル・ド・コンプリシテの設立メンバーであるマルチェロ・マーニが演出し、毬谷友子奥村佳恵がWキャストで挑むというひとり芝居。どうせなら両バージョン見たいのはヤマヤマではあるのですが、かつて「贋作・桜の森の満開の下」に衝撃をうけた身としてはどちらか一方を選ぶならやっぱり毬谷さんだよなあ、と毬谷バージョンを選びました。
ホームレスのような格好の毬谷さんが「飴ちゃん」を客席にまきながら登場し、ゴミ捨て場のような雑然とした舞台でひとり芝居を始める……というオープニング。ティンカーベルはピアノを弾きながら歌い、ピーターパンのことを語る。次に少年の格好をしてピーターパンに変身してティンクに毒づき、またティンクに戻り……やがてピーターの恋の相手・曳子が登場し、ピーターの「人でなしの恋」を裁く裁判の場面ではソロモン・法王・女皇帝・女教皇・死神・悪魔などタロットカードの大アルカナまで次々と登場。たくさんの登場人物を次々と声色を変えて演じ分けていくのは、七色の声をもつ毬谷さんの腕の見せどころ。ちなみに、ひとり芝居とはいっても人形遣いとしてもうひとりパフォーマーの野口卓磨氏も黒衣姿で登場しています。

物語の冒頭は野田さんの初期作品らしく奔放に跳ねまわるイメージ描写に翻弄されてしまってなかなか頭がついていかない感じなんだけど、ピーターと曳子の恋、そこからピーターとティンクの恋物語、という骨格が見えてくるにつれ、だんだん引きこまれて、最後には可愛らしくも切ない物語に感情が昂って涙してしまいました。

「4人だってね、男の子が女の子を好きになれる人数」
「4人目に決めたんだティンクのことを、人でなしの恋の4人目に」
「ねえ、ティンク、冗談だから、僕の身体を十四に引き裂いて、のみこんでおくれよ」
「ティンク、冗談だからお願いだ」
「ティンクは三日三晩泣きました。けれど4日目には笑った。ピーターのことを忘れたからじゃない、ピーターのことを覚えておきたいからなんだ」
「忘れないでおくれよ。恋をするんだ。それも普通の恋じゃない。人でなしの恋をね」


このへんのセリフがもう、いちいち刺さる。そしてこれらのセリフを言う毬谷さんの声色と口調が、もう完璧としかいいようがない。アンドロギュヌスのモチーフや「人でなしの恋」っていう単語は「MIWA」でも使われていたけれど、「人でなし」は「ろくでなし」的な意味合いではなく、最終的には「肉欲を伴う人間的な恋愛ではなく、純度の高い本当の恋」のような意味合いで響くのですよね。

そう、この「障子の国のティンカーベル」で使われていたモチーフは、野田さんの後の作品に別の形で現れるものが多いのです。「MIWA」についてもそうだし、遊眠社時代の作品は「少年」が登場するものが多かったし、ラストでティンクがピーター・パンを飲み込んで生きていくのは「赤鬼」を思い出させたり。そうかぁ、野田さんの書きたいものってここに詰まってたんだなあ、なんてちょっと思いました。そういう意味でも色々と興味深い作品だったり。

ちなみにティンクが歌う曲は椎名林檎の曲のメロディーにのせて歌われてます。描きおろしではなく既存曲のせいか、クレジットとしては「楽曲提供」扱いではなく、あくまで「Special Thanks to」になっていて、前宣伝でもwebにもチラシにもひとことも書かれていないのだけど。こういうの重要だから前もって教えて! とちょっと思ったりしましたよ。このころちょうどナショナル・シアターの「フランケンシュタイン」が映画館で上映中だったのだけど、こっちもベネディクト・カンバーバッチさん出演のことばかりが記事になってて、アンダーワールドが音楽やってるってのが全然宣伝されてなくって「ちょっと!それ重要!こういうの重要だから前もって教えて!」って友達と話してたところなんですけどもね。まあ楽曲使用料とか権利関係とかいろいろアレだから本人たちの口約束程度で済ませて前面には出さないようにしたのかもしれないんですけど、観客にとってはそこ知りたいとこですからね……。あ、ちなみに毬谷さんはピアノも自分で弾いて生声で歌ってます。贅沢! いやあ、本当に観てよかった。

この戯曲、「ずいぶん昔に本で読んだような気がするなー」というくらいのぼんやりした記憶だったけど、芝居が始まってみたら意外に断片的に覚えていたものだから改めて調べてみたら2002年に井上尊晶演出&鶴田真由出演で上演されていたのを観ていました。すっかり忘れてた。当時のブログを見ると、どうも「想像していたよりは悪くはないけど」「セリフを噛んだのを何度も言い直す」「歌の音程を外して最初から歌い直すのが気になる」「セリフから情景が浮かんでこない」などの理由でまったくのめりこめなかったようです。まあこの手強い戯曲を若い女優さんにやらせるのは企画そのものが荷が重いよなあ、と思うのですが。ただピーターの少年性やティンクの愛らしさを表現するのは若い女優さんのほうが有利な面もあるでしょうから、奥村佳恵さんバージョンもちょっと気になってるんですけどもね。野田地図常連の深津絵里さんや宮沢りえさんなんかのバージョンも想像するとちょっとおもしろい。いろんな女優さんで観てみたい気がします。

あ、ちなみに戯曲を発掘して確認したところティンクがホームレススタイルで登場するのは今回のオリジナル演出ですね。これにより「自分をティンカーベルだと思い込んでいるちょっと頭のおかしい老婆のひとりがたり」あるいは「ピーターパンを飲み込んでしまった後、ホームレスの生活に落ちながらもずっとピーターへの想いを抱えながら生きながらえてしまっているティンクの物語」という解釈もできるわけで、キラキラしたピーターとティンクの思い出との落差がなおさら切なく見えてしまったりしましたね。

https://www.geigeki.jp/performance/theater040/
野田秀樹版“ピーター・パン外伝” in JAPAN!
妖精ティンカーベルが、世界を巡って物語るピーターとの恋物語。異世代女優による2バージョン上演!

東京芸術劇場では、芸術監督 野田秀樹の優れた戯曲を気鋭の演出家により紹介していくシリーズの第二弾として「障子の国のティンカーベル」を上演いたします。
第一弾として2010年に上演された松尾スズキ演出「農業少女」に続き、今回上演される本作は、野田が若き日に、まさしく天からおりてきた何かに突き動かされるようにして「1981年正月の3日間を返上し、殴り書いた」というものです。おなじみの童話 ピーターパンに登場する妖精ティンカーベルを主人公に、若き野田のイマジネーションが奔放に炸裂する不思議で素敵な物語です。女優一人と人形が演じ、随所に歌が挿入される、野田作品には珍しい作風であり、なんと野田自身は演出したことがないという謎の作品。この秘作を、野田の最も信頼するパフォーマーで、ヨーロッパの傑出したフィジカル・シアター演出家、テアトル・ド・コンプリシテ創立メンバーマルチェロ・マーニが演出。
実力派女優毬谷友子奥村佳恵による2バージョンで幻の名作戯曲を競演!大人にならない永遠の少年、ピーターパンが、ひょんなことから障子の国=日本にやってきた。ピーターといつも一緒にいた妖精ティンカーベルが、世界中のどこかの台所で物語るピーターとの恋物語。時にティンクがピーターを演じながら語っていく一人芝居。
ピーターパンの<障子の国(=日本)>での、人でなしの恋(人でなく、人形への恋)。どうぞお楽しみください。

作:野田秀樹 演出:マルチェロ・マーニ 出演:毬谷友子、野口卓磨
台本英訳:常田景子 美術・衣裳・人形デザイン:伊藤雅子
照明:阿部康子 音響:青木タクヘイ 音楽監督阿部篤志 人形製作:小林ともえ
ヘアメイク監修:宮内宏明 演出助手:市川洋二郎/陶山浩乃 舞台監督:松坂哲生

チラシPDF: http://www.geigeki.jp/wp-content/uploads/2013/10/tink.pdf