ロンサム・ウエスト@新国立劇場小劇場

マーティン・マクドナーの作品は過去に長塚さん演出の「ウィー・トーマス」「ピローマン」を見てるのですが、「つまらなくはないんだけど、もうひといき決め手に欠ける」といったような感想でした。「ブラックユーモア系コメディ」なのか「殺伐としたシリアス劇」なのか、さじ加減ひとつでどちらにも振りきれるだけに、演出の難しい戯曲なのかなあと思った覚えがあります。あとマリー・ジョーンズ脚本の「ストーンズ・イン・ヒズ・ポケッツ」とかもそうだったんですが、どうも「アイルランドを舞台にした作品」ってそういう傾向にあるというか。英国ではコメディ作品として評価されてるっていうけど、日本で翻訳上演されると「えっ、これ本当にコメディ…なの?」「…ていうか重い!重いよ!」と、ぐったりして劇場を出ることが重なっていて、どうも苦手意識がなきにしもあらず。そんなわけで評価の高い「ビューティ・クイーン・オブ・リナーン」もなんとなく見逃していたんですよね。

まあそんな中での「ロンサム・ウエスト」です。結果からいうとだいぶコメディ寄りに振っていた印象で、「マクドナー作品の割には安心してみていられる芝居」になっていたかなあと思いました。ただそれゆえにちょっと物足りなさもあったのも正直なところ。
物語は8割がた兄弟げんかで構成されているのだけど、とにかくまあその内容がくっだらない。酒を勝手に飲んだ、とか、酒に水を足した、とか、弟が集めてる聖像を兄が溶かした、とか、家の保険の掛け金を兄がくすねた、とか、昔ケンカした時に兄が弟の目にツバをたらした、とか。しかし一方で、どうやら父親を殺したのは兄で、それを黙っているかわりに弟は父の財産を相続した、とか、弟が可愛がっていた犬の耳を兄が切り落としていた、なんていう殺伐とした話も出てくる。終盤にいよいよケンカの緊張感が高まって猟銃も出てくるので「ああこれはどっちかがどっちかを撃ち殺すのかな」と思うのだけど、結局血を見ることはなく「ダメだ、俺は優しすぎる」という弟のセリフで幕をおろす。

パンフレットで演出の小川さんが「バランスが難しい」と語っていて、うーん確かにそうだろうな、と。兄弟げんかの内容は所々本当にくっだらないし、とはいえやっぱり兄が父を撃ったとか、犬の耳を切り落としていたとかってあたりはかなりダークな話だし。とことんコメディとして馬鹿馬鹿しく演出することもできれば、とことんシリアスに兄弟の確執として描くこともできるだろうし。長塚さんがウィー・トーマスピローマンをややダークトーン強めに演出したのに比べると、小川さんはシリアスな緊張感を残しつつもコメディ要素多めのさじ加減にしたのかな、という印象。

なんなら堤さんや瑛太さんの演技をもっと下品かつ粗野にして殺伐感増すこともできたんだろうけど、役者ファンに抵抗感や嫌悪感を与えない程度にふたりとも品を残した感じ。まあこれはこれで商業演劇としては正解なんだろうなあ。ただ、脚本の内容やアイルランド人の気質とか考えると、もっと殺伐としたシリアス重厚バージョンも観たいな、などと思ってしまう。

「ダメだ、俺は優しすぎる」このラストのセリフもいろんな解釈のできるセリフで、この言い方ひとつ、表情ひとつで兄弟がこの先どうなるのかを暗示させる一言になると思うんだけど。私が見た印象ではやや諦めの色が強く、「ああ、結局この弟は最後の一線を超える(=兄を殺す)ことは無いのだろうな」という感じでした。もしかして兄がキレて弟を殺すことがあっても、その逆はないだろうな、と。これ、言い方や演じ方を変えれば「今までの優しい自分に活を入れて兄を殺す決意をする」という印象にもできるだろうな、と思ったりしましたよね。

たとえばこれが劇場がスズナリあたりで、兄弟役が新井浩文とか池松壮亮あたりで、演出家が赤堀雅秋とか三浦大輔あたりだったら、もっとエグくて胸糞悪い感じに仕上がったんじゃないかなあ、などと想像してみたり。それはそれで(観るのはとっても疲れそうだけど)面白そうだなあ、なんて思いましたね。まあしかしそう考えると過去に見た長塚演出は(当時はもっとコメディ寄りの演出でも良かったんじゃ、と思ったにもかかわらず)、今になってやっぱり正解だったんじゃないかという気もしてきて、人はもう本当にどこまでないものねだりなのかと。

まあしかしこのキャストならもっと大きな劇場でもお客さん入ったんだろうけど、ちゃんと脚本にあったサイズのハコでやってくれるのは本当に良心的ですよね……贅沢な気分をありがとうシスカンパニー……。

http://www.siscompany.com/west/

【キャスト】
コールマン  :堤真一
ヴァレン   :瑛太
ウェルシュ神父:北村有起哉
ガーリーン  :木下あかり
【スタッフ】
脚本:マーティン・マクドナー
翻訳・演出:小川絵梨子
美術 :二村周作
照明 :小川幾雄
音響 :加藤温
衣装 :伊賀大介
ヘアメイク:宮内 宏明
舞台監督:瀬崎 将孝
プロデューサー:北村 明子
企画・製作:シス・カンパニー
【物語】
物語は、コールマン(堤真一)とヴァレン(瑛太)のコナー兄弟、ウェルシュ神父(北村有起哉)、ガーリーン(木下あかり)という少女の4人だけの登場人物で展開。 アイルランドの西の涯の田舎村リーナンに住むコナー兄弟が、父親の葬儀を終えてウェルシュ神父と共に戻った場面から始まる。この兄弟はどちらも独身で、とにかく仲が悪い。それも食べ物や酒のことなど些細なことが発端で壮絶な喧嘩を繰り返している。この地に派遣され、まだ村の生活や人々になじめない神父は、おろおろするばかりで仲裁さえできない始末。しかも、父親の死にも平然としている兄弟どころか、この村には、ほかにも肉親殺しがいるという噂…。神父は村の殺伐とした現状に何もできない自分の無力さを嘆き、何かというと酒を手にするようになり、今ではすっかりアル中気味。
そんな救いがたい男性たちに対し、ガーリーンという少女は酒の密売で稼ぐしっかり者の17歳。可愛らしい容姿なのだが、言動はがさつであばずれ風で、何かと気弱な神父をからかったり、つっかかったりしながら神父にまとわりついている。やがて、この最果ての地で、ウェルシュ神父は、ある決意を秘めた手紙をガーリーンに託す。コナー兄弟のもとへと届けられたウェルシュ神父の決意は、このどうしようもない兄弟の胸に届くのだろうか・・・・。