イキウメ「関数ドミノ」

いやあ面白かった。2005年初演作、2009年に再演、そして今回の再再演ということで、劇団の代表作のひとつといってもいいんでしょうかね。登場人物のキャラクター設定など色々変更点はあるようでだいぶ細部は変わったらしいのですが、設定そのものと物語の枠組みはそのままのよう。私は今回初めて見たのですが、ネタバレしたレビューとか読まずに観に行って良かったーと思いました。なのでこの後公演を見る予定の方はどうか下記のネタバレを読まずに帰っていただきたいですし、「ちょっと気になってるんだけど見に行こうか迷ってる」という方も同様です。今すぐ引き返して前売り券を探す旅に出ることをオススメしたい。
というわけで以下、ネタバレです。

【あらすじ】奇妙な交通事故が起こり、調査を依頼された保険調査員は関係者を集める。轢かれそうになった歩行者はまったくの無傷だったのに、車のほうは大破して助手席に乗っていた女性は重症で意識が戻らない。目撃した人は「まるで透明な壁に衝突したようだった」と語り、歩行者の方は車に接触した覚えもない。何人かが帰った後、目撃者の真壁は横道と残った数人に自分の考えを打ち明ける。予備校講師の森魚は特別な存在、いわゆる「ドミノ」であり、車に轢かれそうになった弟を守るために奇跡を起こしたのだと。はじめは荒唐無稽な話を信じなかった人々だったが、やがてその説を裏付けるような事象が次々と起こる。森魚の友人になった土呂のヒト免疫不全ウイルス(HIV)が消えたことでいよいよ真壁の言う「ドミノ理論」が裏付けられたかのように見えたが……

最初は真壁の言う「ドミノ理論」があまりにも荒唐無稽すぎて「……うーん大丈夫かなこの芝居……」などと若干引き気味に見ていたのだけど、まあそれすらも作者の手の内だったわけですよね、終わってみれば。設定そのものはシンプルだけど、語り口がとにかく洗練されていて上手い。「左門兄弟の部屋」「病院」「真壁の部屋」など次々と場面が変わるのに、暗転なしでスピーディ切り替えていく演出も小気味良い。

「ドミノは存在する」vs「ドミノは真壁の妄想である」というふたつの価値観の間で観客が翻弄される様は、まるでオセロが次々とひっくり返されて白と黒の分量がどんどん変化していく様に似ていました。「あれ、コレ本当にドミノってアリなんじゃ?」「いやいややっぱこれ真壁の妄想でしょ」と白黒のコマが次々と形勢逆転していく。いよいよ終局で土呂のHIVウイルスが消えたことで「ドミノは存在する」側のコマがパタパタと増えたと思いきや、「ドミノは森魚ではなく真壁だった」という展開は、まるでオセロの盤ごとぐるりとひっくり返されたような感覚。なんというあざやかなどんでん返し。そして「消えろ俺」「(観客を見て)俺を見るな」の真壁の叫びとともに暗転、真壁が消える、というラスト。ここの完全暗転と劇場が震えるほどの大音響のノイズ音、ほんの数秒とはいえ完全に感覚を遮断される思いを味わって、演出とはいえちょっと本気で怖かったです。ぶるぶる。

もう率直な感想としてはひとこと、「あざやか!」って感じでした。脚本の展開も、演出の手さばきも。そして、ネガティブすぎる真壁に少なからず共感するところもあり、なんとも言えず身につまされる部分もあったり。あそこまで被害妄想は強くないけれど、「こいつさえいなければ」「なんでこいつばっかり」って気持、ちょっとわからんでもないものね。だけど完全にネガティブな性格だったがゆえに自分が「ドミノ」という幸運を手に入れてもそれを自分が得する方向へ使えないっていう悲劇。なんというかとても教訓めいていて、心に爪あと残された気分でした。

http://www.ikiume.jp/kouengaiyou.html
http://setagaya-pt.jp/theater_info/2014/05/post_361.html

【作・演出】前川知大
【配役】
真壁 薫(目撃者)  :安井順平
左門森魚(予備校講師):浜田信也
左門陽一(森魚の弟) :大窪人衛
土呂弘光(目撃者)  :森下創
澤村美樹(看護師)  :伊勢佳世
平岡 泉(陽一の恋人):吉田蒼
新田直樹(運転手)  :新倉ケンタ
大野 司(精神科医) :盛隆二
横道雅子(保険調査員):岩本幸子

ある地方都市で奇妙な交通事故が起こる。見渡しの悪い交差点、車の運転手は歩行者を発見するが、既に停止できる距離ではない。しかし車は歩行者の数センチ手前で、まるで透明な壁に衝突するように大破した。歩行者は無傷。幸い運転手は軽傷だったが、助手席の同乗者は重傷。目撃者は六人。保険調査員の横道はこの不可解な事故の再調査を依頼される。改めて当事者と目撃者が集められた。そこで目撃者の一人が、これはある特別な人間「ドミノ」が起こした奇跡であると主張する。彼の発言は荒唐無稽なものだったが、次第にその考えを裏付けるような出来事が起こっていく。