「暗いところからやってくる」@KAAT 中スタジオ


出典:KAAT 神奈川芸術劇場ホームページ

2012年初演の子供向けプログラム。好評だったのか今年は全国ツアーで再演となりました。いちおうプロデュース公演のようですが、出演者&脚本家がイキウメのメンバーなのでほぼイキウメな雰囲気です。演出は前川さんではなく小川絵梨子さん。丁寧な演出をされる方ですね。1時間強の短い舞台ではありますが、イキウメらしさも随所にあってとてもおもしろい舞台でした。怖さを感じる場面もちょっとだけありますが、随所に笑いもありますし、最終的にはちょっと心あたたまる雰囲気で幕を閉じますので、お子さん連れの方もそんなに心配せずに見に行かれるといいと思います。このあと各地の公共劇場で上演がありますので、子ども連れに限らず大人にもオススメです。

以下、ネタバレありで感想を書きます。

舞台の周囲には三方囲みの客席。ベッドに学習机、背の低い本棚など、雑然とした子ども部屋のセットで、奥にはカーテン。ちょっと古い日本家屋なんでしょうね、客席の後ろにも長押があって、洋服がハンガーでひっかけてあります。虫の声が聞こえてくる中、客席も子供部屋の一部であるような気分で着席。開演前は舞台セットの中に入って近くで見ても良いようです。

亡くなった祖母の古い家に住むことになった中学生の輝夫とその家族。薄暗い家はどこか気味が悪く、輝夫には「見えない何か」がいるような気がしてならない。輝夫にだけ見える「何か」は、「このことを誰にも言うな」「もし誰かに話したらお前らの世界に攻めこむぞ」と言って輝夫を脅す……といったストーリー。「何か」の存在は役者さんがちょっと無国籍風の黒と紫の衣装で演じているのですが、これが輝夫以外の人間には見えてないといういかにも演劇的な手法で物語は進みます。

実は「何か」のほうもこの世界の新入りで、自分の立場や役割がよくわかっていない様子。先輩や上司の言ったことをうのみにして輝夫に「攻めこむぞ」と言ってしまったものの、本当は自分の声を聞かれてしまってものすごく困ってる、というユーモラスな展開になっています。

恐怖のあまり輝夫は親に引っ越そうと訴えるけど取り合ってもらえず、ついに「何か」に言われたことを手紙を書いて母親に見せます。「話すなと言われたから手紙にかいた」という子供らしい発想で。母親は輝夫が心を病んだと誤解して、病院へ行こうといわれた輝夫はパニック。もうだめだ、これで「何か」がこの世界に攻めこんでくる。そう思って混乱する輝夫ですが、話すうちに「亡くなったおばあちゃんのお金をくすねていたこと」をずっと気にしていた輝夫の不安が原因だと気付いた母親は、輝夫を優しく抱きしめてなだめます。輝夫もずっと抱えていた胸のつかえが取れ、「何か」の声が聞こえなくなったことでやっと落ち着きを取り戻すのでした。

声を聞かれた「何か」のほうは、上司に怒られます。「攻めこむとかなんでそんな話になってるのよ」。上司の言っていた「出世」とは文字通り「世に出る」こと。どうやら「私達は暗いところからやってきて、世に出て、また暗いところへ戻っていく」=生まれる前の魂、または命、のようなものだというのが「何か」の正体だった……というところで物語は幕を下ろします。

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この「薄暗い古い家」の不気味さというのは本当に懐かしい感覚。私も小さい頃田舎のおばあちゃんちに行くと木造家屋の薄暗さとか、無駄な広さとか、くみ取り式のトイレとか、仏壇と線香の臭いとか、たしかに怖かった。懐かしいなあ。暗い部屋の隅に向かって「誰かいるの」って思わず聞いてしまうの、あれ子どもの頃には誰もが経験あるんじゃないでしょうか。「わかるわかる」ってなるだけに、リアルタイムで子どもの皆さんは夜が怖くなるんじゃないかと心配になったり。ラストでやさしい解釈があって怖さを和らげてくれるのは本当に良かったです。輝夫が恐怖のあまりちょっと神経症気味になってくあたりは別の意味で怖い、というかコレは子どもより大人のほうが感じる怖さかもしれませんね。言ってることを誰にも信じてもらえない、妄想だと思われて病院を薦められる、というあたりは。

亡くなったおばあちゃんが晩年ボケはじめてお金が無いと言い出すようになった、という何気ない伏線が終盤に「実は輝夫がくすねていた」というところへ繋がるあたりの展開は前川脚本らしい鮮やかさ。おばあちゃんはボケてない、「何かいる」は僕の妄想じゃない。それが大きなストレスになっていたのだと母親が気づいて優しく抱きしめるあたり、するするともつれた糸がほどけていくような心地よさでした。また最初は「何か」側の異世界の3人についても、「私たちは暗いところからやってくるの」「あっちの世界に出て行くのよ」「出世したくないの」などと怖い口調で言って「こっちの世界へ攻め込んでくる異物」というミスリードを誘っておきながら、同じ内容なのにラストシーンでは「私達は暗いところからやってきて、世に出て、また暗いところへ戻っていく」=生まれる前の命(魂)であったとわかるところも好き。似たようなセリフなのに細かいニュアンスと言い方を変えるだけでずいぶん違った印象になりますね、という演出でした。

子供向けというだけあって客席はほぼ大人と子ども半々くらいに見えました。だいたい小学生くらいのお子さんかな。子どもたちは随所で思わず感想が口に出ちゃったりもしてましたが、シリアスなシーンでは静まりかえっていたり、真剣に見入っていてとても素直に反応していました。一番印象的だったのは、最初の暗転でちょっと子供たちがざわついたこと。観劇慣れしてる人には当たり前の暗転ですが、慣れない空間で慣れない暗闇に放り込まれた子どもたちは初めての経験にちょっと緊張したんでしょうね。「ああ、そうだ。芝居を見始めた頃はこの劇場の暗転にいちいちドキドキしたんだよなあ」なんてことも思い出したりしましたね。このドキドキから始まる今回の舞台、子どもたちは一体どんなふうに感じたんでしょうか。今回は「未就学児童入場不可」ということで4歳の娘を連れて行くことはできなかったのですが、2年後以降に再演があればぜひ連れて行きたいなと思います。しかし同じKAATキッズプログラムの中でも「子どものためのシェイクスピア」は未就学児童でも入れたのですが、今回の「暗いところからやってくる」のほうがわかりやすくて低年齢でも見られる作品だったんじゃないかな、と正直思いました。まあちょっと怖いシーンがあるので制限してはいるんでしょうけれどね。


KAATキッズ・プログラム2014
こどもとおとなのためのお芝居「暗いところからやってくる」
http://www.kaat.jp/d/kuraitokorokara

作:前川知大
演出:小川絵梨子
出演:大窪人衛 浜田信也 伊勢佳世 盛 隆二 岩本幸子 木下三枝子

前川知大×小川絵梨子が描く、この世の裏側にあるもうひとつの世界。
不思議でちょっと懐かしい、夏休み最後の三日間のおはなし。
こどもとおとなたちのためのお芝居が、2年ぶりにKAATにかえってきます!

亡くなった祖母の家に住むことになった天野一家。
中学生の輝夫は、どことなく薄暗い家が怖かった。部屋のすみっこやちょっとした影に、何かがいるような気がしてならない。「影を消すには、光を消すしかないんだよ。」そういわれて暗くしてみると、どうやらやっぱり…僕の隣に何かがいる。