八月納涼歌舞伎「たぬき」「勢獅子」「怪談乳房榎」@歌舞伎座

【たぬき】
柏屋金兵衛は一度死んでしまっていたが、焼き場で棺桶から息を吹き返す。口うるさい女房ではなく愛人のお染と暮らそうと思って妾宅へ向かうが、お染は情人の狭山三五郎を自宅に引き込んでイチャイチャ。傷心の金兵衛はお染に渡していたお金を持ちだして姿を消す。そして二年後、名前を買えて商人として成功した金兵衛は芝居茶屋でお染の兄・蝶作と再会。ふたりが金兵衛の家のある本所の近くの境内を訪れると、そこへ所帯やつれしてしまったお染や、成長した金兵衛の息子が通りかかって……。

この「たぬき」は幕見席から見ました。前半はコミカルかつシニカルな喜劇だけど、終盤はちょっと切なくしんみりした展開。遠目で見てるとちょっと動きが少なくて間延びしたように感じるシーンもあったんだけど、多分これ近い席で観れば役者さんの表情の変化がしっかり見えて味わい深い作品なんでしょうね。三津五郎さんだし。終盤、見世物小屋から逃げ出したタヌキのエピソードと、金兵衛の状況が重なるあたりの物悲しさが切ない。
それにしても、太鼓持蝶作を演じる勘九郎のコミカルな口調がまあ、本当に生前の勘三郎さんそっくり。芝居茶屋での「大和屋の所作事は見ておけって……親父のセリフだよ」のセリフに笑いながらも、本当に勘三郎さんの言いそうなことだとしんみり。そしてラスト、金兵衛の息子・梅吉を演じているのが七緒八くんなんだけど、金兵衛を見て「(父)ちゃーん」と呼びかけて、それを見た乳母が不憫がって「父親は仕事で遠くに行ったなんて聞かされて……本当のことを教えてやればいいのに」と目頭を押さえるのだけど。もう、このシーンが「勘三郎さんは遠くに行っただけだと聞かされてる」って見えちゃってもうダメね! 泣く! 梅吉を見送った金兵衛が「そうだよ……ちゃんだよ……」って泣き出すの、もう、勘三郎さんが憑依してるかと思うもの。わーん切ないよぅ! 最終的に金兵衛は自宅の方へ向かって歩き出すのだけど、その後はどうなったか描かれてないけど、あの梅吉の姿を見てたらきっと金兵衛は自宅に受け入れてもらえるだろうなと思わせるラストで、優しくて良かったです。まあしかし本当に勘三郎さんのことを思い出してばかりの一幕でした。

【勢獅子】
鳶頭や芸者たちがずらりとならんで踊る華やかな一幕。舞踊ものなので気楽に眺めます。こういうのなら七緒八くんも出ればいいのにー好きそうなのに、と思ったけど、まだ3歳の子には一日2演目は重いのかな。

怪談乳房榎
NYで大絶賛された「怪談乳房榎」の凱旋公演。舞台転換の間に幕前での英語でのやりとりが入るなど、NYで上演したバージョンに近い形だったんでしょうね。英語だけではさすがに日本のお客さんには伝わらないので、英語と日本語まじりのセリフになっていましたが。NewYorkTimesの劇評でも引用された「Protect the PRADA!」のセリフもありました。

この演目を見るのは初めてではないのだけど、いやしかし本当に早替りが見事! あの花道で正助と三次がすれ違いざまに入れ替わる場面なんて、目を凝らして見ていても早業すぎて「!」ってなりますね。ほんとあそこはわかっていても思わず口がポカーンと開いてしまいます。上品で知性豊かな菱川重信、気が小さくて三次に逆らえない下男正助、悪党のうわばみ三次、とそれぞれのキャラを演じ分ける勘九郎さんは本当に見事でした。立ち回りもダイナミックで滝壺での見得の絵になること。惚れ惚れ。色悪の磯貝浪江を演じた獅童さんもハマってたなあ。

そして演じ分けといえばなにげに七之助さんも良かったです。「たぬき」のお染、「勢獅子」の粋な芸者、「乳房榎」のお関、どれもキレイな女形なんですが微妙なキャラの違いが佇まいからもしっかり出ていて、「ほわー」となりましたね。愛人お染の時は艶やかでしたたかで、でも凋落してからは艶を失ってくすんでて、芸者の時は粋で色っぽく、お関の時は上品な奥方で、と、細かい所作からそういうキャラの違いがしっかり伝わってくるのがすごいなーと思いました。歌舞伎の型の力もあるんでしょうけれど、それがしっかり身についているのだなあと。

そうそう、冒頭の茶店のシーンでは小山三さんが登場! 足腰もしっかりしてるしセリフもはっきり。今月20日で94歳になられるんですよね、いやあ本当にお元気で、姿を見るだけで嬉しくなってしまいます。誕生日の日にはなにかアドリブが入るのかな? 七緒八くんと哲之くんのお披露目まで、現役でいて欲しいものです。


八月納涼歌舞伎
http://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/2014/08/post_78.html

■たぬき
柏屋金兵衛    三津五郎
太鼓持蝶作    勘九郎
妾お染     七之助
門木屋新三郎  秀 調
松村屋才助   市 蔵
倅梅吉     波野七緒八
隠亡平助    巳之助
芸者お駒    萬次郎
狭山三五郎    獅 童
備後屋宗右衛門 彌十郎
女房おせき    扇 雀

人間の化けの皮の下に隠された本性を描いた喜劇
 江戸深川の火葬場では、柏屋金兵衛の葬式が営まれていました。ところが日もすっかり暮れたころ、死んだはずの金兵衛が、再び息を吹き返します。思案した金兵衛は、自分はこのまま死んだことにして、女房のおせきではなく、妾のお染と暮らそうと、お染のもとに駆け付けますが、そこにはすでに情人の狭山三五郎がいました。愕然とした金兵衛は、お染が自分から引き出していた金を持ち出します。二年ほどが経ち、甲州屋長蔵と名を変え成功していた金兵衛は、訪れた芝居茶屋で偶然にもお染の兄の太鼓持蝶作と出くわして…。
 大佛次郎によるこの新歌舞伎は、別人になりすました男が味わう人間心理の表と裏を描いた皮肉の効いた喜劇です。おかしさと切なさが巧みに混ざり合う舞台をお楽しみください。

■勢獅子(きおいじし)

鳶頭   三津五郎
鳶頭   橋之助
鳶頭   獅 童
芸者   七之助
手古舞  新 悟
鳶の者  国 生
手古舞  鶴 松
鳶の者  虎之介
手古舞  児太郎
鳶頭   巳之助
鳶頭   勘九郎
鳶頭   彌十郎
芸者   扇 雀

華やかに魅せる江戸の大祭の風情
 山王祭で賑わう江戸の街。御神酒所には鳶頭や芸者たちが勢揃いしています。ほろ酔い気分で、鳶頭たちは曽我兄弟の仇討の物語、威勢のいい獅子舞を賑やかに披露し、皆を盛り上げます。
 祭礼を華やかに描いた常磐津の舞踊で、江戸っ子の風情を様々な踊りで魅せる変化に富んだ一幕です。


怪談乳房榎(かいだんちぶさのえのき)
 訪米歌舞伎凱旋記念
 三世實川延若より直伝されたる
 十八世中村勘三郎から習い覚えし
 中村勘九郎三役早替りにて相勤め申し候
   
菱川重信/下男正助/うわばみ三次/三遊亭円朝  勘九郎
重信妻お関                  七之助
茶店の女お菊                小山三
松井三郎/住職雲海              亀 蔵
磯貝浪江                  獅 童

早替り、本水、大立廻り、随所に見せ場のあふれる夏芝居
 絵師菱川重信には、美貌の妻お関と赤ん坊の真与太郎がいます。偶然、お関の窮地を救った浪人磯貝浪江は、一目ぼれをしてしまい、重信に弟子入りをします。そして重信が南蔵院本堂の天井画の龍を描くために留守をした間に、お関を我が物にしてしまうのでした。そんな浪江の前に現れたのはうわばみ三次。浪江の旧悪を知る男で、金の無心に訪れたのです。仕方なく三次に金を渡した浪江は、下男正助を仲間に引き入れ、ついに重信を殺害します。一方、南蔵院では、重信が霊となって現れ、画を完成させると、忽然と姿を消して皆を驚かせるのでした。悪業を隠してお関と夫婦になった浪江は、今度は正助に真与太郎を亡き者とするように命じ…。
 三遊亭円朝の口演をもとにした怪談噺で、今回は米国ニューヨーク公演の凱旋記念となります。早替りをはじめ、本水を使った滝壺での大立廻りなど先人の思いを受け継ぎ、さらに練り上げた清新な舞台をご堪能ください。