ミュージカル「ファントム」@赤坂ACTシアター


出典:ミュージカル「ファントム」公式サイト(梅田芸術劇場)

アーサー・コピット版の「ファントム」、実は結構好きな作品だったりします。劇団四季のロイド=ウェバー版「オペラ座の怪人」のほうももちろん好きだし良く出来てるとは思うのですが、モーリー・イェストンの曲もメロディアスで悪くないですよね。大沢たかお主演バージョンはちょっと見逃してしまいましたが、2004年の宝塚宙組版、2006年の宝塚花組版を見ています。まあ何度見てもクリスティーヌがエリックの顔を見て逃げ出すシーンだけは「おい……おい……そりゃねえよ……」と心の中でツッコミを入れざるをえませんが……。

さて今回の新プロダクションによるファントムですが、うーん、細かい不満はあれど致命的に悪いところは無いし、それなりに楽しんだのだけど、なんというか突出して良いところもないし決め手に欠ける感じ、というのが正直なところでした。主要キャストに2、3人「完全にミュージカル舞台育ちのミュージカル俳優」がいたほうが、安心して見られたような気がします。
演出も悪くはないんだけど、やっぱりその「クリスティーヌがはじめて仮面を外したエリックの顔を見る場面」と、キャリエールとエリックの関係性については、もう少し丁寧な解釈を加えてくれないと納得しかねるわぁ……と思いました。脚本をそのままなぞると、どうしても「クリスティーヌあれだけ大丈夫だって言ってたのに叫んで逃げ出すとか!鬼か!」「キャリエールってばベラドーヴァと不倫して孕ませてとかただのクズじゃん……しかも子どもが醜いからって父親と名乗り出ないとか……ほんとこいつクズだな……」と思って呆れちゃうんですよね。10年前に宙組版を見た時もクリスティーヌが逃げたとこはヒドイと思ったんですが、それでもキャリエールの樹里咲穂さんがすごく良くて「You are my own」のとこで泣いた記憶があるんですよねえ。今回はひたすら「何をいまさら父親ヅラして!アホか!」としか思えませんでしたね、残念ながら……。もし私がコピット版をみるのが今回が初めてだったら「ないわー、この脚本、ないわー」と思っていたような気がします。

今回のファントム=エリック役は城田優。やはり背の高さのおかげでかなり舞台映えしますね、マントの翻し方もかっこいいし。クリスティーヌを後ろから抱きしめる時や他のキャストを殺す時などに後ろから羽交い締めする場面がいくつかあるのですが、タッパがあるのでこういう場面が実に絵になります。舞台写真欲しい。役の解釈としてはもう少し「育った環境からの鬱屈」「卑屈さと孤高さ」「危うさと狂気」があるほうが好みではあるんですが。勢いでうっかり人を殺してしまう危うさが少し感じられなかったし、このへんの造形もヅカ版のほうが良かったかなあと思わないでもないですが。まあこの幼児性と純粋性の強いキャラクター作りもこれはこれでアリですね。感情移入しやすいです。何よりクリスティーヌを森に誘ってピクニックをする場面の不器用さときたら……いやもう、これだけの完璧なまでに超絶美青年なのにあの童貞臭さ、このギャップには萌えざるを得ません。主演ファンならこれはリピートできます。歌や演技の感情表現もしっかりしていて本当にこれからが楽しみです。ただまあ欲を言えばもう少し声量が欲しい。タイトルロールなら客席を気持よくねじ伏せてくれるだけの音圧が欲しいんですよね。わざわざ生の舞台、生のミュージカルを見に行く快感ってやっぱりそこだと思うんですよ。どんなに話がツッコミどころ満載でも、どんなに救いの無い話でも、歌の力でねじ伏せて欲しい、と思うから見に行くわけでして。そういう意味では「もう少し……もう少しでイケるのに!」という感じでした。惜しい。衣装はもう少しスタイル良く見せるシルエットに出来なかったかなーと思わないでもないですが、どうなんだろう。

クリスティーヌ役は山下リオちゃん。大塚千弘ちゃんの妹にして「あまちゃん」のGMT宮下アユミ役、ですね。初舞台でこの大役、と思えば十分に合格点であります。こちらもあまり見慣れてない役者さんなので初々しさがありますしね。まあ笑顔のパターンがひとつしか無かったりして、表現力の点ではもう少し場数を踏んで欲しいところだったりします。歌も基本的にちゃんと歌えてはいるんだけど、エリックのレッスンを受けてのビストロオーディション以降はもう少し技巧的な歌い方になっていてほしい流れではあります。ただまあ初舞台でよくもまあこんな大役をこなしました。立派立派。

そしてキャリエール、ちゃんとキャスト表みてなかったんでしばらく誰だかわからなくて「この鶴見辰吾系統の顔した役者さん誰だっけ……」と必死に脳内検索してたんですが、吉田栄作と気づいて「ええー! 枯れたー!」と思いました。いや、いい枯れ方というか、割と好みになってはきたんですが。なんかいますっかり若いころの油っ気ぬけてるんですね。まあでも基本舞台向きのいい声してるんですね、舞台で初めて見たのでちょっと意外でした。今回、それなりに歌えてはいるんですがところどころアヤシイ箇所もあったような……。この作品ではエリックとキャリエールの「You are my own」がほんと泣き所だと思うので、この役はもう少しガツンとミュージカル歌唱ができる方に歌って欲しかったなあと思わないでもないです。あと、もう少し最初からエリックへの親としての愛情を感じさせて欲しい感じ。最初にエリックが人を殺した時も支配人の立場から「なんてことをしてくれたんだ」っていう雰囲気で、父親として息子の倫理観を心配する感じじゃないんですよね。その辺ちょっと正直物足りなかったです。

カルロッタ役のマルシア、うーん、もうちょっと押しが強くてもいいんだけどな。ねじ伏せ系歌唱としては唯一期待できるキャストでしたが、カルロッタの歌はひどいと言われるキャラだからか、そんなに歌が全面に出てくる感じではなかったですね。ジキル&ハイドの時はすごく良かったんだけど。シャンドン伯爵は日野真一郎、初めて見ましたがプロフィールを見る限り俳優というより歌手の方なんですかね、ちょっとセリフがぎこちなかったような……。

致命的に悪いところはないといいつつなんか不満たらたらな感想になってきましたね。いや、全体的にはそこまでひどい内容だったわけじゃないしそれなりに楽しんだんですけど。微妙な物足りなさが気になってしまい「どこが不満なんだろう?」と考えていくとこんな感想になっちゃうんですよね……。うーん。

ミュージカル「ファントム」
http://www.umegei.com/musical-phantom/

脚本   :アーサー・コピット
作詞・作曲:モーリー・イェストン
演出   :ダニエル・カトナー

【配役】
城田優  :ファントム(エリック)
山下リオ :クリスティーヌ・ダーエ
吉田栄作 :ゲラール・キャリエール
マルシア :カルロッタ
日野真一郎:フィリップ・シャンドン伯爵
コング桑田:文化大臣
池下重大 :ルドゥ警部
大山真志 :ジャン・クロード(舞台監督)
三上市朗 :アラン・ショレ(新支配人、カルロッタの夫)

アンサンブル:松之木天辺 五大輝一 横沢健司 青山航士 田村雄一 阿部よしつぐ 田川景一 逢沢優 家塚敦子 南海まり 杵鞭麻衣 神在ひろみ 彩橋みゆ 関谷春子 丹羽麻由美 香月彩里