National Theatre Live「ザ・オーディエンス」


出典:eiga.com

去年の上映時は夜の回しかなくて観ることができず悔しい思いをした「ザ・オーディエンス」、アンコール上映でやっと観ることができました。「英国の女王と歴代の首相の週一回の謁見を描いた作品」というざっくりした情報から「政治的な話かなー、あんまりイギリスの首相とか知らないしなー」と最初はあまり興味が無かったのですが、観た人の評判がすこぶる良かったのですよね。

で、実際に見てみたらなるほどこれは面白い! となりました。確かに英国首相にまつわる皮肉の効いた台詞については観客のどかどかウケてる状況から「ああそういうキャラの人なんだろうなー」と1秒遅れでユーモアを理解するという感じにはなってしまうのですが。ただ物語のテーマは、首相たちとのやりとりや回想から透けて見える女王エリザベス2世の孤独や葛藤なんですよね。ある意味で「エリザベート」のような女王の一代記でした。
エリザベス女王を演じるのは女優ヘレン・ミレン(映像収録時は67〜68歳かな?)。時間軸をいったりきたりしながら20代から80代までを演じ分けてるのがすごい。もちろんカツラとか年齢相応の体型を作る衣装とかの効果もあるんだけど、歩き方や表情も全然違うからなあ。シンプルで上品な衣装やアクセサリーも素敵。

歴代首相たちとの会話からは、それぞれの首相のキャラや政策、女王との距離感が伝わってくる。その各シーンの間には従者のナレーションや、「少女時代の女王」のエピソードが挿入される構成。弟が生まれて王位継承者でなくなることを全力で祈っていた少女が、60年以上も女王の地位をつとめてる現在に至るまでには、一般人には想像もできないような苦悩や葛藤があったんじゃないかと想像させる。あまりそりが合わなかったように見えるサッチャー首相についても、その訃報に際しては「同じ歳だったんですよ」とぽつりと呟くところに色々と内心を想像させる間があったりして。

そして何より、女王の「生きられなかった人生は、誰にでもあります」というさらりとした台詞が印象的。女性なら誰しも「仕事をやめて家事育児に専念する人生」「仕事と結婚を両立させる人生」「結婚せずに仕事に生きる場合の人生」など、どれかをやむを得ず選んで「他の選択肢を選んだ場合のもうひとつの人生」について思いを馳せる瞬間ってあると思うのだけど。自分で選択することもできず、否応なしに女王という立場にたたされて60年以上をすごしてきた人物の口から出たその台詞の重さ、なのにそれをごく当たり前のことのように口にする女王の生き方に、ついついホロリ。

それぞれの首相たちの描き方も面白かったです。それぞれの人物のプロフィールをもうちょっと予習していけばもっと面白かったんでしょうけれど。存在感のなさとか人気のなさとかも含めて、イギリスの観客はよくわかってるからどっかんどっかんウケてましたね。エリザベス女王の中でも印象に残っている首相として描かれているのがウィルソン首相で、別荘に招かれた場面では円周率や本の内容を口にして記憶力の良さを見せていたのに、退任直前の謁見ではアルツハイマーであることと辞任することを苦しそうに告白して。女王も首相官邸での食事に招待してくださいと言っていて、短いやりとりながらもふたりの友情と別離の寂しさを感じさせるものでした。

ラストシーン、少女時代の女王が老いた女王に「女王としてどうあるべきか」というようなことを尋ねた時に、その答えが「Simple」(字幕では「ありのままで」)でした。80代後半を迎え、女王として生きた人生も60年を超えた女王がさまざまな葛藤の末に辿り着いた答えがそこだったのだなあ、としみじみ。ノートに一生懸命老いた女王の言葉を書きつけながら心に刻み込もうとする少女のうしろに、歴代の首相がずらりと並ぶラストシーン、長い年月王家を支え続けた女王の歴史の長さを視覚化した絵面でとても良かったです。「演劇ならでは」の演出の良さが随所に光っていて、つくづくこのスティーブン・ダルドリーは信頼できる演出家だなあと思ったり、洗練されたイギリス演劇の良さを改めて感じたり。いやあ、面白かったです。

ザ・オーディエンス The Audience
http://www.ntlive.jp/program.html
上映時間:2時間38分
演出:スティーヴン・ダルドリー
作:ピーター・モーガン
出演:ヘレン・ミレン、ジェフリー・ビーヴァーズ、ジョナサン・クート ほか

映画「クィーン」でアカデミー賞主演女優賞を受賞したヘレン・ミレンが、再びエリザベス2世に扮した話題作。 1952年の即位以来、女王が毎週行っている英国首相たちとの謁見の模様を描く。2015年3月にはNYブロードウェイでも開幕。 同作を基にしたドラマシリーズも製作中という、演劇・映画ファン必見の舞台だ。

NTLive The Audience - 海外観劇日記
※映画を見る前の予習に最適の記事でした。ポイントがすごくわかりやすくまとまってます!