NTLive「夜中に犬に起こった奇妙な事件」

森田剛くん主演の日本版は未見ですが、ブロードウェイ版がトニー賞を受賞していて「ああNTLiveで観たいなあ」と楽しみにしていた作品でした。いやー観られて良かった。脚本も演出も役者さんの演技も素晴らしかったです。四方囲みの舞台、すり鉢状の客席、役者が板に常在するタイプの演出、ああこれぞ演劇って感じで大好きなやつでした。
近所で飼われている仲良しの犬が何者かに殺されてしまい、その犯人を探そうとする自閉症の少年の物語……というあらすじを聞いてたのでミステリっぽい話なのかなと思っていましたが、犯人は中盤であっさり明かされます。テーマとしては自閉症の少年の目にうつる世界の描写と、家族との関係性が主題の物語なんですね。入院して死んだと聞かされていた母親は、実は不倫して家を出て行ってしまっていた、そして母からの手紙を見つけた少年は事実を受け止めきれずに大混乱してしまいます(ここの演出と演技、良かったなあ)。さらに犬を殺した犯人が実は父親だったと知った少年は「自分も殺されてしまうだろう」と思い込んでロンドンに住む母親の家を目指して家出するという展開。

クリストファーは数学の分野では頭もいいし記憶力も優れているけれど、自閉症特有のコミュニケーション障害がある。人に触られるのが極端に苦手で、親ですら彼に触れることはできない。見ている間ずっと、どうしても彼の両親に感情移入して観てしまいました。「自分の子どもがもしクリストファーのような自閉症だったらどうだろう?」と。劇中の両親はふたりともどこか親として失格に見えてしまう場面があるのだけれど、ああでもうん仕方ないよな、責められないよな、あの子の親でいることに挫折してしまう瞬間はどうしてもあるだろうな、と思ってしまって(その結果が不倫だというのは賛同できないけれど)。

子どもを育てるのは定型発達の子でも大変なのに、クリストファーみたいな子だったらそれはもう語り尽くせないほどの苦労があったはず。触るのすら嫌がる子だもの、ハグすることもできない。ハグをするかわりにお互いの手をあわせるサインを使って彼らは気持ちを伝えるのだけど、その共通認識にたどり着くまでにあの家族がどれだけの苦労をしてきたのか、と思うと泣きそうになってしまいましてね。特に自閉症だと診断がつくまでの間の苦労なんて想像を絶するなあと……。きっと抱き上げるだけで嫌がって泣く赤ちゃんだっただろうし、我が子を抱きしめることができないと気づいた時の親の絶望ってどんな気持ちだったんだろうかと。思わず家に帰って真っ先に子どもを抱きしめてしまいましたよね。「はあ、抱っこさせてくれる子たちで良かった」って思ってしまいましたよ。

二幕、自宅を出てロンドンを目指す場面の演出がとても面白かった。プロジェクションマッピングやグリッド線やムービングライトなど諸々の機材を使って「自閉症の少年の目にうつる世界」を表現したところがすごく良かったです。ここで大活躍した機材はカーテンコールで数学の問題の証明の場面でも大活躍。あのオマケのサービス良かったですね。日本版では森田剛くんが歌い踊って証明してみせたようだけど、そっちも観てみたかったなあ。