劇団チョコレートケーキ「治天ノ君」


出典:AI-HALL公演概要ページより

2014年の初演作が読売演劇大賞の特別賞を受賞していたのですが、その時は駅前劇場での上演でまるでノーマークだったんですよね。通常は割と若い人向けのコメディや軽いテイストの芝居が多い劇場でもあるので、「駅前で?スイーツな劇団名なのに天皇を題材?しかも読売演劇大賞?」と、一体どんな内容だったのか気になって気になって仕方なかった記憶があります。というわけでトラムでの再演を観に行くことにしました。
主人公は大正天皇。生まれつき病弱で、厳格な明治天皇からは「愚物」と呼ばれふたりの間には軋轢が。明治天皇の死後もその影響に葛藤し、明治天皇に影響を受けた息子の昭和天皇との間にも軋轢が。髄膜炎に倒れた大正天皇の病状は深刻な状態になり、新聞に脳病とリークされ昭和天皇摂政として実権を握ることになっていく……という物語を、時間軸を入れ替えて構成。狂言回しとして登場する大正天皇の妻・貞子皇后を松本紀保さんが上品に演じていました。

今上天皇生前退位が話題の今、初演のときよりもたぶん色々と考えさせられる内容になっていたのではないかと思います。生前退位のニュースで「退位しなくても摂政を置けば……」という話題が出たときに「摂政! 教科書で習ったなー、いつの時代の話だよ」くらいの反応をしてしまっていたのですが、意外にも昭和天皇その人が摂政をつとめていたのですね。知りませんでした。知らなかったといえば大正天皇が病弱だったことや、頭が弱かったという噂があったことなんかも初めて知りました。在位が短いのは明治天皇が長生きだったからかなーくらいにしか思ってなかったんですよね。無知でした。

天皇制のあり方に切り込みつつも、父子の葛藤や夫婦愛などの家族の話という普遍的な面もあり、骨太社会派な物語といっても小難しくなくすんなりと受け入れることができました。亡くなった明治天皇が登場して大正天皇と対話するような場面はやはり「ハムレット」を意識してるのでしょうかね。音楽の使い方も最小限で、割と淡々と進んでいく物語なのですが、時系列を組み替えて時代が行ったり来たりするせいか、心地よい緊張感でぐっと集中して観ることができました。2時間半休憩なしのストレートプレイなんて普通どっか中だるみしそうなもんですが、最後まで引き込まれましたね。

印象に残ったシーンは昭和天皇が重病の大正天皇に実権を譲ることを迫り、意思表示がままならない父親をねじ伏せるように「任せると言われた」ことにしてしまった場面ですかね。緊張感漲るクライマックスでした。それと、懸命にリハビリする大正天皇が軍歌を歌いながら王座に向かって歩く場面でしょうか。針の飛んだレコードのように同じフレーズだけを繰り返して、次のフレーズが出てこない大正天皇。でもその顔にはうっすらと笑みが浮かび、生きていることの喜びがあふれていて……というこの場面、客席からもこらえきれずにといった感じのすすり泣きがあがっていました。

印象に残ったといえば冒頭、幕開きの美術もハッとしたんですよね。王座とそこへ続くレッドカーペットだけのシンプルな美術なんだけど、舞台上手が少しだけ客席側にせりだしててすごくレッドカーペットが長く見えるという劇場マジック。美術衣装も良かったけど制作サイドの心遣いも素晴らしくて、ちゃんと当日パンフレットに加えて年表と用語集までチラシ束に挟み込んであったんですよね。「うわーこれでググらなくても分かる、完璧だー」と思ったりしましたよ。

そんなこんなで、隅から隅まで大変素晴らしい作品でした。読売演劇大賞特別賞もうなずける重厚な社会派人間ドラマで、「あー良い芝居を観た!」という充実感でいっぱいになる内容でした。