キネマと恋人


出典:劇場公式twitterより

ケラさんの作品、近年はなかなか全部を観られてないのですが、振付の小野寺修二さんとがっつり組むらしい、映像もいつもの上田大樹さん、というスタッフクレジットだけでチケット即申込みました。キャストをちゃんと見てなくて劇場についてから「あーそうだった妻夫木くんと緒川さんにともさかさん……へートラムでこのキャストか、贅沢だね!」というそんな有様でしたね。
物語は「カイロの紫のバラ」を日本に置き換えて、とのことですが原作は未見です。舞台は地方の小さな島の港町、夫の失業や浮気に困っていた主婦・ハルコは、映画館で映画を観ることだけが人生の楽しみ。ある日そんなハルコの前に、喜劇映画の登場人物・間坂寅蔵がスクリーンの中から飛び出してきた。映画館を出たふたりは楽しいひとときを過ごすが、寅蔵が不在のせいでスクリーンの中では物語が進まず、他の登場人物は退屈を持て余す。間坂寅蔵を演じる高木高助もたまたま映画のロケでこの島に来てハルコと出会い、デビュー作から自分を見ていたハルコに恋に落ちてしまう。寅蔵と高助に求愛されたハルコは葛藤の末高助を選び、高助に誘われるまま夫を捨て東京へ向かうことにするが……といった物語。

まあこの「映画だけが人生の楽しみ」とか「フレッド・アステアよりマルクス兄弟が好き、主演のスター俳優より脇役三枚目俳優が好き」といったハルコの設定がね、もう、「あなたは私か!」って感じでね。ほんと芝居見に来てる人なんてそんな人たちばかりだから(暴言)ただでさえ感情移入半端ないところに、「推しキャラとそれを演じる俳優両方から求愛される」という展開! そんな贅沢な話、妄想したこともないよー! 言ってみりゃトート閣下と城田優の両方から求愛されるってことでしょ? 津崎平匡と星野源両方から求愛されるってことでしょ? 真田信繁堺雅人両方から(もういい)。ああそうか、NHKのドラマ10とか見てる主婦層ってこんな気持なんだな……って思いましたよね。斎藤工長谷川博己みたいな若い年下イケメンから迫られる中年オンナという設定にはあんまりピンとこなかったけど、推しキャラと俳優両方と恋に落ちるというドリームならピンとくる。ああなんという甘美な夢……と思っていたら、まあそんな甘ったるい激甘スイーツのままで物語が終わったりはせず、ラストはちょっとほろ苦さもあったりするんだけど、その匙加減がまた絶妙で。最後の映画館でのハルコとミチルの表情、本当に良かった。現実は現実、でも映画を見てる間は楽しくて楽しくて。そうやって私たちは生きていくんだな、って。

このハルコを演じる緒川たまきさんとその妹・ミチルを演じるともさかりえさんが本当に可愛い。全編東北か四国かそのあたりの雰囲気の架空の方言で話しているのだけど、もう「可愛いが! 過ぎる!」と思いましたよね。アンティークの着物も、大正〜昭和初期くらいのクラシカルな衣装もすごくかわいい。妻夫木くんも天真爛漫な寅蔵とくすぶってる高助の演じ分けが良かった。高助のハルコへの告白シーン、すごく直球な愛の告白だったからちょっとドキドキしたなー。まさかケラさんの作品であんな甘い台詞を聞くとは思わなかった。二役を入れ替えるあたりは歌舞伎であるような早替えの趣向もありつつ、そのアナログ感で笑わせたり。スクリーン映像とのやりとりも違和感ないほどスムーズで、すごい調整や稽古したんだろうなーと思ったり。

島の映画館、ハルコの家、ハルコとミチルの勤務先のレストラン、教会、高助の泊まる旅館など、いろんな場面があるのだけど、その転換部分で小野寺修二さんの振り付けが入る演出。椅子や装置の移動をデラシネラや水と油のような演出で見せてくれる。転換部分も退屈しないようにそれ自体を見世物として見せる感じで楽しい。個人的にはそれを楽しみにしてきたので、もう少し本編にもがっつり振り付け入っててもいいかなと思ったけど。そしてケラ作品おなじみのオープニングは今回も激凝り。プロジェクションマッピングと役者の動きがぴったりあったスタッフ・キャスト紹介。ここだけでも相当稽古したはずだよなあ、もう一回見たい……。

最初は「上演時間3時間15分……? トラムのこのベンチシートで? 疲れそうだな……」とため息も出ましたが、後半になるころには「ああもうずっとこれ見ていたい」と思うような可愛らしい作品でした。しかしトラムの少人数のキャパで、このキャストで、ものすごく衣装点数多くて、って感じだったんですけど、採算取れてるのか心配になるレベルでしたね。あ、そういえば劇中映像に突然野村萬斎さんが出てきてみんなすごいウケてましたけど、芸術監督さんだから安く出てくれたんでしょうかねえ。まあほんと贅沢な空間で満足度高かったです。