12月大歌舞伎「あらしのよるに」@歌舞伎座


出典:歌舞伎美人

今年は12月も8月納涼歌舞伎のように三部制なのですね。全部見ようとすると若干割高ではありますが、なかなか半日を歌舞伎座で過ごす時間的余裕の無い人間にとっては気楽に観られてありがたいシステムでもあります。そして去年南座での初演が好評だった新作歌舞伎「あらしのよるに」が、晴れて歌舞伎座初演ということで観てまいりました。
原作は絵本で、TV絵本や映画版で声を担当した獅童さんが歌舞伎化を温めていた企画ということですね。オオカミの「がぶ」(中村獅童)とヤギの「めい」尾上松也)が嵐の夜に暗闇の中でお互いの姿に気づかないまま友だちとなり、逢瀬を重ね、やがて敵対関係にあるそれぞれの群れにもそのことがバレてしまい……という展開が原作にもある主軸。そこへ追加されたサブストーリーが狼のぎろ(市川中車)のエピソード。めいが幼い頃にぎろはめいの母親を殺し、その時に片耳を食いちぎられたのでヤギをことのほか憎んでいる。そのぎろが狼のリーダーを殺して自分がトップにのしあがったこと、行者崩れの狼のおばばから「片耳が元に戻る方法」を聞いてめいの命を狙う……といった原作にはない殺伐とした実に歌舞伎らしいサブストーリーも追加されていました。

そもそもメインストーリーであるところのがぶとめいの友情が、友情といいつつももう完全に「道ならぬ恋に溺れたふたりの逃避行」にしか見えないんですよね。敵対する家同士の男女が惹かれ合ってしまうというロミジュリ的展開は「妹背山女庭訓」にもあるし、雪の中の道行なんかもう「恋飛脚大和往来」の新口村にししか見えないし。ぎろにまつわるエピソードも黙阿弥や南北や時代物なんかでどこか観たことあるような既視感たっぷりのものですし。絵本が原作といいつつもすごく筋立てが「歌舞伎の美味しいとこを煮詰めました」な作りになっていました。おおかみとやぎしか出てこない話をどうやって歌舞伎に……と思っていましたが、考えてみれば蛇や白鷺の舞踊もあれば狐がメインの演目もあったりするので、人間が動物を演じることにもさほど抵抗なく観られた気がします。演出的にもだんまりや立ち回りや見栄や六方、歌舞伎の様式美をこれでもかと使っていて、新作歌舞伎とは思えないほど「ああ歌舞伎を観た!」という気持ちにさせられる内容でした。

一方で、新作らしく遊び心のある演出も。めいとは友だち、でも食べたい、と葛藤するがぶの気持ちを義太夫さんが「食いてえなぁ〜」「いけねぇよ〜」と唄いあげ、それにあわせて踊っていたがぶが、あまりに畳み掛けられて「うるさいよ! どうしてそういうこというの!」とつっこむ、すると義太夫さんがプイ、と横を向く、なんていう場面もあって大受けしてました(研辰の討たれの時も義太夫さんいじりがありましたがあんな感じ)。下座音楽が「メリーさんの羊」を奏で始めて、「羊じゃなくてヤギだけどな」みたいなツッコミもあったり。また山道を移動する二匹の場面ではがぶとめいが客席に降り、通路だけでなく狭い客席の中を歩いては「こんなに狭い道を?」、さらに「ちょっと休憩」と言いながらお客さんの膝の上にめいが座っちゃう、という趣向も。まあこれは一階席だけのお楽しみで3階席からは見えませんでしたけどね……(涙)

そもそも原作が動物同士の友情でコーティングしてあるので児童文学の名作と呼ばれていますが、擬人化した絵で想像すると白泉社秋田書店のファンタジー少女漫画にありそうなオタク女子ウケする展開でして。「本当はめいを食べたいのにガマンするがぶ」「そっとめいのそばを離れて他の小動物を食べてくるがぶ」「そんながぶから血の匂いがすることに気づきながらも、一緒にいたいがために気づかないふりをするめい」「空腹のがぶに自分を食べてと懇願するめい」とかさー、そういうのあったじゃん? 吸血鬼モノとか人外モノとかの少女漫画にあったじゃん? ラノベにもありそうやん? って感じで、なんかもう狂おしいまでにラブロマンスなんですよね。しかもそれが歌舞伎化されて、めいは女形の発声とはいえ髪型が角髪(みずら)なので中性的でもあり、もうほんと「動物BL」状態になってましてね、南座で観たぴーとさんが「公式最大手ってこういうこと……?」ってフォントサイズ大きくしてたのがずっと頭をよぎっていましたよ……。めいを七之助さんがやったらきっともっとBLっぽかっただろうな……とか、そんなヨコシマな思いがかけめぐったりしましたが。

まあ難をいうならもう少しストーリー展開は整理されてもいいかなという面や、美術が南座から持ってきたのそのままなのかややスカスカ感あるというか予算不足な感じが否めないというか、もうちょっと凝ってあげてよ、なんなら堀尾幸男さんか松井るみさんあたり連れてきてよ(後日追記:一等席から観たらさほどスカスカ感感じませんでした。三階席から観ると背景の書割がまったく見えないのでスカスカに感じたのですね。ちゃんと高い席でみればこんな暴言吐かなくてよかったのに……!)、とも思ったりしましたが。がしかし、わかりやすいストーリー運びに実に歌舞伎らしい演出で、これは歌舞伎初心者から古典歌舞伎好きまで、割と幅広い観客に受け入れられる名作ではないかなと思いました。平日昼だったのでまあいつも通りの歌舞伎座というか年配層の多い客席でしたけど、反応も実に良く、ラストの花道の場面では完全にショーストップするほどの大きな拍手が獅童さんに贈られていました。この企画といいがぶの愛らしいキャラクターといい、本当に獅童さんお手柄、と思いました。

ようこそ歌舞伎へ「中村獅童」 1/4 | 歌舞伎美人(かぶきびと)
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