「キャバレー」@KAAT


出典:ステージナタリー

松尾スズキ演出版キャバレー、前に阿部サダヲMCで観たのがもう6〜7年前?と思って調べたらなんと10年前だったのですね。びっくり。メインキャストのうち秋山菜津子小松和重平岩紙村杉蝉之介は続投、MCとサリー、クリフのセンター三人を入れ替えての再演となりました。MCが阿部サダヲから石丸幹二へ、サリーが松雪泰子から長澤まさみへ、クリフが森山未來から小池徹平へ、と、だいぶ雰囲気が変わりそうな予感はありました。

結論から言うととても良かったです。前回はどこか「小劇場の人たちがミュージカルに挑戦してみました」みたいな雰囲気があった気がするんですが、今回は「がっつり見応えのある本格ミュージカル、でもしっかり松尾風味」な仕上がりになっていたんじゃないかと思います。セリフの端々に松尾さんらしい言葉が出てきて、映像でもう一回確認したい、無理ならせめて上演台本出して下さい、とそんなことを思いました。

「キャバレー」は映画舞台含めて何度か観ているのですが、「ナチスの脅威」という設定はあくまで「過去の物語」だったはずなのに、今日観たら似たようなことがアメリカで今まさに現在進行形だということに気づいて、なんとも暗澹たる気持ちになりましたよね。芝居はナマモノだから時々こういう偶然が起こりがちなのですが、ある事件や事故ひとつで見え方が変わってしまうというか。「この世界の片隅に」を観た時も思ったのですが、ニコニコと笑って日常を過ごしてる間に忍び寄ってくる戦争の影、気がついたときには取り返しのつかないところまで来ている怖さが、「キャバレー」にもあるんですよね。どちらの作品も「第二次世界大戦で起こったこと」をみんな知った上で観てるから、享楽的な喧騒にもほのぼのした日常にも別の意味を感じ取ってしまうわけですが、「もしかして今の私たちもこういう日常に生きてるんじゃないか」「後の世代からみたら私たちはもう戦争の時代の中に生きてるんじゃないか」って、そんなことを考えて薄ら寒くなったりしました。

さて、そんな物騒な感想はおいといて、細かい感想を。
まずMCの石丸幹二さん。ほぼ正統派二枚目の役しか観たことなかったんでキャバレーのMCって大丈夫なのかしら……と思っていたけれど、まあ、やっぱり上手い人は何をやらせても上手いんだな、と当たり前のことに感心するばかりでした。「ダークナイト」のジョーカーみたいな白塗りメイクで、しかも半ズボンで乳首丸出しというトリッキーな格好、その上卑猥なセリフや動きがあるにも関わらず、どこか上品さが残っていて妙にノーブル。阿部サダヲさんももちろん上手かったのだけど、タイプがだいぶ違うというか。阿部さんはなんというか「何を仕掛けてくるかわからなくて目が離せない」そして「客席の空気を支配する」攻撃的なタイプのMCだった気がしますね。悪い意味でなくハラハラしながら観る感じ。石丸さんは「舞台上の進行を支配する」コンダクターのような雰囲気で、安心して観ていられるMCでした。「本格ミュージカル」らしく見えたのは多分この石丸さんの存在が大きかったんじゃないかと思うのですが。場面によっては横でサックス吹いてたりして「ああ!なんという石丸幹二の正しい使い方!」と思いながら観ていました。

そして驚いたのがサリー・ボウルズ役の長澤まさみちゃん。いやごめん、正直観る前は全然期待してなかった。ミュージカル初挑戦だって言うし、まあきわどい衣装で出てきたらそら華やかよね〜くらいにしか思って無かったんだけど、これが意外に歌えてたし意外に踊れてて。まだまだ伸びしろがある感じで発展途上中な感じではあったけれど、場数を踏んでいったら相当歌えるんじゃないかと思わせる歌でしたよね。それになによりあの闇深い笑顔。満面の笑みで笑えばわらうほど闇の深さを感じさせるというか。後半、子どもを堕ろしてクリフとも決別して、キャバレーの女たちに「女優だって」と嘲笑されながらもセンターにドンと立って満面の笑みで歌う「キャバレー」、良かったなー。ロブ・マーシャル版だとサリーが最後にマイクスタンドなぎ倒してやりきれない気持ちをぶつけてたんだけど、松尾版では最後まで笑顔のまま歌い切りましたね。歌い始める直前までは真顔でうつむいてただけに、なにもかも飲み込んだ上でのあえての笑顔って感じでとても良かったです。「誰に何を言われても、私はここで歌って、しぶとく生きぬいてやるんだ」という決意と覚悟、それはサリー・ボウルズのものであり、長澤まさみ本人のものなのかもしれない、とそんなことを思いました。なんというか「ありゃあたいしたタマだな!」とそんな感想が浮かびましたね。

クリフ役の小池徹平くん、まあキンキーブーツで観てたからこちらは何の心配もないとは思ってましたたけど。前半のまだ青い世間知らずのぼっちゃんの時よりも、後半のほうが良かったのがちょっと意外。シュルツさん&シュナイダーさんの婚約パーティのときにエルンストがナチスだったと気づくところからのシリアスな表情がすごくいい。終盤、帽子とコート着て冷え冷えとした表情になっていくあたりがすごく絵になってて良かったなーと思いました。ソロナンバーが少ないのはちょっともったいないくらいでしたよね。

シュルツさん&シュナイダーさんの小松和重さん&秋山菜津子さんのカップル、すごく好き。このふたりがやるとほんと松尾さん作品観てるなーって感じですね、セリフの言い回しとかがとても松尾イズム。悲劇の老年カップルなんだけど、コミカルなやりとりにだいぶ癒やされました。カーテンコールでふたりが真顔で踊ってるの可笑しかったし、その後でアイコンタクトしながら動きを合わせてるところを観たら「ああーシュルツさんシュナイダーさん、死後の世界では結ばれたのね!」なんて解釈を勝手にしてしまってちょっと泣けました。

私は最初に観たのがロブ・マーシャル演出版だったので、ラストが「ナチスの囚人服を着て出て来るMC」っていう結構衝撃的な演出が印象的でそれが自分の中のスタンダードになってるんですね。だから前回観た時はちょっと物足りなさを感じたりもしてたのですが(どんなラストだったのかちょっと思い出せない)、今回は「ベルリンを離れるクリフ、記憶の中のキットカットクラブで歌うベルリンの人々は、どこか青ざめていて、まるで夢の中で死者が揺れているよう」といった感じの演出。ここがすごく怖くて好きな場面でした。そこからオープニングにも出てきた瓦礫と空爆音の街に戻り、MCが看板のイラストに吸い込まれる……とOPとEDで円環を閉じるラスト。ああこれはこれで良いなあと思いましたね。

この日はKAAT公演千秋楽ということで、カーテンコールに松尾スズキさん登場。MC石丸さんのピンマイクに顔を寄せてご挨拶。テーマ曲にのせて奇妙なダンス(時々「恋ダンス」みたいな振りもあり)を踊ってくれて、とても得した気分でした。あと「地元だから」と挨拶を振られた秋山菜津子さん、「えっ横浜出身だっけ?」と思いながら観ていたら、まるで心にもないことを言わされてるといった風情で、「夫がー、芸術監督のー、この劇場に立つことができてー、とてもうれしいでーす(棒読み)」といったご挨拶。ああ、「地元」ってそういう意味で(笑)。そうそう白井さんと秋山さんご結婚されましたもんね。さらに「白井さんのパーマはあれは天然なの?」と聞く松尾さん、「天然です(きっぱり)」と秋山さん。何の話だ。

まあそんなこんなで、もともと「キャバレー」は好きな作品なんですが今回のカンパニーはとても良かったと思います。キャストもすごく楽しそうに演じてるように見えましたし。何より正統派二枚目ばっかりだった石丸さんが、ほぼ原型を留めないメイクと衣装でこういう役を楽しそうに演じていたのが印象的でしたねえ。