野田地図「足跡姫〜時代錯誤冬幽霊〜」


出典:SPICE「野田秀樹、宮沢りえ、妻夫木聡、古田新太ら、作り手と演者の舞台愛に胸が熱くなるNODA・MAPの新作『足跡姫』、ゲネプロレポート!」

勘三郎さんへのオマージュとなる作品、ということでちょっと背筋を正す思いで観に行きました。先に観ていた方が口々に「まるで勘三郎さんへのラブレターのような作品」と呟いていたのですが、まさにそんな感じの、というか、そうとしか言えないような内容だったように思います。もちろん2時間の間亡くなった勘三郎さんへの想いをずっと叫んでいるような内容ではなく、ラブレターと言えるセリフは最後のほんの一節だけなのだけれど。それでも、そのセリフに込められた想いが、その印象が強すぎて、良くも悪くもその最後のセリフだけが心に突き刺さってしまうような作品でした。
物語は物語としてちゃんとあって、歌舞伎役者である「三、四代目出雲阿国」(宮沢りえ)と劇作家であるサルワカ(妻夫木聡)の姉弟を中心に、風紀を取り締まる「伊達の十役人」(中村扇雀)や由比正雪古田新太)の死体などが入り乱れつつ話が展開。出雲の国、たたら製鉄、といった言葉から国造りの神話のイメージもあり。「贋作・桜の森の満開の下」を思い出させる場面が多かったのは、やはり勘三郎さんといつか歌舞伎でこの作品をやりたいねと話していたからなのかな。ファンとしても「勘三郎さんの耳男、玉三郎さんの夜長姫」で「贋作〜」を観るのは悲願だったのですが、ついに叶わず、そのことを観ている間ずっと悲しく思い出したりしていました。

近年の作品よりは遊眠社時代の作風に近い感じの、言葉のイメージが重層的に入り乱れる内容なので、正直細かいところまで把握できたかっていうと自信がなかったりします。もう一回二回観てみないとなかなか難しいかなと思うのですが、しかしこの作品が「中村勘三郎」を知らない人、あるいは思い入れのない人にとってどう見えるのか、作品として成立しているのかどうか、正直私にはわからないんですよね。

中盤で「カヴァレリア・ルスティカーナ」の曲が使われてたと思うんですが、その瞬間に歌舞伎座の「研辰の討たれ」のラストシーン、死に際に「生きてえなぁ」と呻く研辰=勘三郎さんの姿を思い出してしまって、涙腺がゆるみそうになってしまいました。勘三郎さんの訃報を聞いてから何度となく思い出してきたあの場面。歌舞伎座の舞台を埋め尽くす紅葉、その中央で仰向けに倒れている研辰、「生きてえ生きてえ 散りたくねえと思って散っていった紅葉のほうが、どれだけ多くござんしょう」、そういって死ぬ研辰の上にはらはらと落ちてくる一葉の紅葉。その場面の空気感や観ている時の気持ちごとフラッシュバックして、思わず声が漏れそうになってしまいました。

子音が消えて母音だけが残った言葉「イ・イ・ア・イ」、あれは闘病中の勘三郎さんの言葉だったんでしょうか。「死にたい」「生きたい」「(舞台に)行きたい」と子音を乗せて劇中では展開していました。闘病中の病床で勘三郎さんが野田さんに「このことを芝居にしてよ」と頼んだのはどこかで読んだのですが、それを読んだ時は「そうはいってもお涙頂戴の闘病物なんて野田さんが作るわけないよなあ?」と思っていたのですが、この「イイアイ」をなんとも野田さんらしい形で芝居の筋に乗せていたので、「ああ、こんな形で芝居にするんだなあ」「野田さんらしいなあ、愛だなあ」と、そこに感動してしまったりしました。

三、四代目出雲阿国がこと切れ、サルワカが言うラストのセリフ「姉さん、幕だ、幕を引いてくれ!ここで幕が引かれさえすれば、芝居になる。姉さんはケロっと起き上がる。ニセモノの『死』になる。そしてまた明日も、姉さんは舞台に上がる」……と、このセリフはもう涙なしでは聞けないというか、覚悟はしていたもののこみ上げてくるものが大きすぎて嗚咽をこらえるのがやっとでした。「初代の猿若勘三郎の肉体も消える。だが消えても、消えたのに消えることなくずっと続いてみせる、ぼくが掘った穴から、地球の反対側からいずこのお国の故郷から、次々と現れる、二代目、三代目……いやもっと、六代、七代……」そう、もうこれ十八代目まで数えるんでしょうと思ったらもう、ハンカチで口を押さえちゃいましたもんね。「少なくとも十八までは。……ごめん、また大向うの嫌いな数字の話をしちゃったよ。でもそこできっと、姉さんのひたむきは生き返る。あの無垢の板で出来た花道の先、大向うで、ひたむきな心は、生き返る」……そう、「姉さん」=勘三郎さん、のひたむきな心は、まだまだこれから勘九郎さんや勘太郎くんが引き継いでいくんでしょうね。「大向うの嫌いな数字の話」を織り込むところが照れ隠しっぽくてちょっとかわいかったですが、このサルワカの長台詞は本当に「ラブレター」としか言えない内容で、帰り道ずっとうろ覚えのセリフを反芻しながらしょぼしょぼと帰宅したのでした。

それにしても「贋作・桜の森の満開の下」の歌舞伎版はもう上演されることはないのでしょうかねえ。今の七之助くんなら夜長姫できると思うし、勘九郎くんの耳男もハマり約だと思うんですが。ほんと松竹さんお願いします、これが実現するなら一等席のチケットがどんなに高くても買いますから……

NODA・MAP「足跡姫」にみる勘三郎への思い|エンタメ!|NIKKEI STYLE