イキウメ「天の敵」


出典:イキウメ公式Twitterアカウントより

ワーイ面白かった! 今回の新作も安定のイキウメ節、という感じです。
ラストがラストなんで明るく楽しい娯楽作品というわけではありませんが、ユーモアも交えつつちょっとゾワゾワくるSFで、前川さんらしいお話でした。トンデモな設定なのに、「もしかしたらそういうこともあり得るのかも……?」と思わせてしまう絶妙の語り口。笑いと緊張の緩急も見事。満足でした!


ALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病を抱えるジャーナリストの寺泊(安井順平)は、妻(太田緑ロランス)が通っている料理教室の橋本(浜田信也)に取材を申し込む。橋本は菜食主義による食餌療法を提唱する料理研究家疑似科学や健康食品詐欺を取材してきた寺泊は、戦前に食餌療法を提唱していた長谷川卯太郎が橋本の祖父ではないかという仮説を立てていた。しかし橋本は自分こそが長谷川卯太郎で現在122歳だと話す。戸惑いを隠せない寺泊に、橋本はその秘密を語りだす……というお話。

以下、ネタバレありますのでこれから舞台をご覧になる方は回れ右です! ネタバレを見ないほうがいいタイプのお話ですよ。







前川さんの「太陽」とちょっと共通する部分もあるお話でしたね。人の血を飲むことによって若返り、不老不死の健康体を手に入れた橋本の人生。キッチンアトリエでのインタビューの体裁を取りながら、橋本が語る過去のエピソードが自然に挿入されてくる演出。それを聞いている寺泊も時々過去のエピソードに組み込まれてしまったりするユーモアもあり。暗転も転換もナシで一気に100年分のエピソードを見せていく構成と演出手腕がうまいなーと思いました。本も面白いんだけど前川さんのこのスマートな演出本当に好きです。

うっかりヤクザに気に入られてしまってそこの若い衆と仲良くなり、ボーリングで賞金稼ぎをしちゃうあたりのエピソードもユーモラスで好きなんですが、そこで「ポーの一族」の単行本が出てきたのも思わず噴き出しました。死ぬに死ねず身分も失って漂流するように生きていく橋本はまさにあのポーの一族のようですものね。そうこうするうちに「他の人とは明らかに味が違う、とても美味しい血液」に出会ってしまい、その女性に献血をお願いしながら挙動不審になりついガマンできず輸血パックから血を飲んでしまう橋本の様子がとてもエモかったですねえ……。それまで淡々としてたのに急に欲望を隠せなくなるあたりの演技がだいぶエロくてドキドキしました。

どう落とすのかなあと思っていたらラストが!さすが!最初にALSで余命が少ないこと、それに気づいたのが小さな子どもを抱こうとして力がはいらなかったこと、という伏線張っておいて、この飲血の話を聞いた寺泊がおそるおそる冷蔵庫を開けてしまったこと。そしてその寺泊の肩をだいた妻が何もかも解っているかにも見える表情で「大丈夫。大丈夫よ」と囁くこと。この夫婦が禁断の食餌療法に手を出すのかどうかの行方を観客に委ねて幕、というね。っかー! この後味の悪さよ! だがそこがいい! 今回も安定の前川節、堪能させていただきました。