木ノ下歌舞伎「東海道四谷怪談ー通し上演ー」

ここ何年か観劇仲間が面白いとオススメしていたのになかなかタイミングが合わなくて見ることができなかった木ノ下歌舞伎、ようやく初体験です。四谷怪談の通しで上演時間6時間(!)と聞いた時はさすがにひるみましたが、演目的にはわかりやすいし元の歌舞伎も知ってるから比較しやすいだろうと、思い切ってチケットを取ってみました。物語の展開がわかってるので集中力の配分がしやすく、6時間といっても飽きずに見ることはできました(まあそうはいっても二幕の終わりくらいからお尻が痛いのはどうにもこうにもでしたが)

物語は古典にほぼ忠実。歌舞伎ではあまり上演されない「深川三角屋敷の場」「小塩田隠れ家の場」のふたつを交互にスイッチしながら上演した以外は、大きく構成も変えずにそのまま上演していたように思います。歌舞伎版では「民谷伊右衛門とお岩を中心にしたホラー」といった印象のあるお話ですが、「深川三角屋敷の場」「小塩田隠れ家の場」のある木ノ下歌舞伎版ではお岩&お袖のWヒロインの悲劇、かつ「忠臣蔵(美談)のウラにある人間の欲望や本性を描いた群像劇」という印象になっていました。

セリフは「マジふざけんなよ、冗談じゃねーよ」みたいな現代口語の場面もあれば完全に歌舞伎調の場面もあり、という感じでした。テクノっぽい音楽やラップをBGMにするなどいかにも現代演劇っぽい場面もあり。お堀での戸板返しや蛇山庵室など、歌舞伎では色々な趣向でケレンたっぷりに見せる場面についてはシンプルに物語を進行させていて、仕掛けでは勝負しないという印象でした。

「こうきたか!」と思ったのは、薬のせいで容貌が崩れたお岩さんが身なりを整える場面で、舞台の上手下手で俳優たちがラップを歌っていたことですかね。歌舞伎ではその所作そのものが見所になってるとこなので、いくらお岩さんの女優さんが上手くても場が持つかな? と思っていたらこの演出だったので「はー、なるほど!」と思いましたね。印象的でした。もうひとつ、コクーン歌舞伎では地獄絵図の悪夢のように演出されていた「夢の場」ですが、この芝居では幻想的な美しい絵面で、「ああ、こんなふうに解釈するのかー!」と驚きつつ感心しました。星空と七夕飾りを背景に、白い衣装で糸車を回すお岩ににた女性、そこへやってくる伊右衛門も白い衣装……という憑き物が落ちたような美しい夢の世界。そこまでクズな小物にしか見えなかった伊右衛門ですが、行き当たりばったりで保身に走りすぎただけで心の底ではお岩のことをこんなふうに美しいと思っていて、ちゃんと愛していたのかな……と思わせる場面でした。

「深川三角屋敷の場」「小塩田隠れ家の場」は両方のシーンに登場する役者が全員舞台上にいて、それぞれの場を交互に演じていく構成になっていました。きっかけのブザー音と同時に小道具を役者たちが入れ替えて、登場しない役者たちは舞台後方や下手上手に別れて待機、というような演出だったので、「なんでこんなにバタバタしながら並行して上演していくのかな、別々にやったほうがいいんじゃ?」と思いましたが、後半の盛り上がるタイミングを合わせたかったんだな、とその場面まで来て気づきました。確かに別々にやるとクライマックスが二度くる感じになりますもんね。まあバタバタして落ち着きがないな、と前半は思ったので良し悪しだなとは思いましたけど。

全ての場面が面白かったかというとそうでもなくて、「やっぱりここは歌舞伎の演出でみたいなあ」と思わせる場面もあったり、どうにもこうにも役者の力量にばらつきがあるのが気になったり。歌舞伎の口調で演じる場面についてはどうしても上手い人とそうでない人の差がはっきり出てしまいますね。あまり上手くない歌舞伎のコピーを観てしまうとモヤっとしますし、「あーこの演出のまま歌舞伎俳優でやったらいいのに」と思ってしまったりもします。また歌舞伎調と現代口語でやる場面の法則がよくわからなくて、どういう演出意図でそこを切り替えてるのかが直感的にわからなかったのがちょっと気になりました。インタビューによると「最初は武家口調の場面だけ歌舞伎調にしていたけどそれだとわかり易すぎるから変えた」というような内容でしたがそのほうがシンプルで良かったような気が。あるいはいっそ全編現代口語での上演が観たいなあとも思ったりしました。まあこの辺は個々の好みでしょうけれどね。あと、どうしても歌舞伎との比較で楽しんでる部分も多かったので、「四谷怪談を知らない人がこれを観て面白く観られるものなのかな?」というのはちょっと気になったりもしましたが。

というわけで所々そんなふうに気になる箇所もあるにはありましたが、総じて面白く見ることができました。何より6時間ほぼ集中力を保って観ることができる内容だったのはそれだけでもすごいことだと思います(歌舞伎だってどうしたって途中ダレますもの)。歌舞伎ってどうしても歌舞伎俳優たちがあの型でやってこそなんぼ、というイメージですが、こういう方向からのアプローチもあるんだなーと思いましたね。