宝塚雪組「幕末太陽傳/Dramatic “S”!」

幕末太陽傳」は原作が1957年、つまり60年前に公開された川島雄三監督の映画。だいぶ古い作品なので原作は未見です。サヨナラ公演に和物かぁ〜と正直ちょっと思ったものの、そこは我らの小柳奈穂子先生、楽しい作品に仕上げてくださいました。「時は幕末、品川の遊郭が舞台」で「コメディ」というサヨナラ公演としては割と異色の作品だと思うのだけれど、早霧せいなさん&咲妃みゆさんの演技力とコミカルさで、このトップコンビによく似合う物語だったのではないかと思います。
あらすじ。時は幕末、街には異人が現れ尊皇攘夷で物騒な時代。遊郭「相模屋」には長州藩士の高杉晋作(望海風斗)たちが逗留して異人館の焼き討ちを計画している。胸の病を患って相模屋に流れてきた佐平次(早霧せいな)は豪勢に遊んだ挙句に居残りを決めこむが、持ち前の機転でトラブルを次々と解決していく。女郎たちのキャットファイトさながらの大喧嘩が始まればその仲裁に入り、起請文が衝突して女郎のもとへ怒鳴り込んできた親子がいれば、自分もその女郎から起請文をもらったと言って包丁を振り回して親子の毒気を抜いたり。一方、女郎おそめ(咲妃みゆ)は客を選んでいるうちにすっかりお茶っぴきとなってしまい、借金の返済を迫られていた。流行りの心中をしてみようと、客の中から都合の良さそうな貸本屋金造(鳳翔大)を選んで心中を試みる。怖気づいた金造を海に突き落としたおそめだったが金回りのいい客が来たと聞いてウキウキと相模屋に戻っていく。翌日、金造は死んだふりで棺桶に入り悪い仲間に相模屋の前まで運ばせ大騒動になりかけたが、それを見抜いた佐平次は金造たちに小銭を渡してその場を収める。すっかり相模屋の人々の信頼を得た佐平次は、父親の借金の方に女郎に出されそうになっている娘・おひさ(真彩希帆)と、幼馴染で相模屋の跡取り息子・徳三郎(彩風咲奈)の駆け落ちの相談を受ける。おひさの父親が異人館の大工であることを知っている佐平次は、高杉たちが進める異人館焼き討ち計画を利用して『最後の大仕事』である徳三郎・おひさの駆け落ちを成功させる。佐平次はもう少し生きて広い世界を見てみたい、と夜明けに相模屋を出ていこうとするが、そこへおそめの客・杢兵衛がやってきておそめに会わせろ、死んだのならおそめの墓参りをさせろとせがみ、佐平次は墓地に杢兵衛を連れていく。そこへ幽霊のふりをしたおそめが現れて杢兵衛を撃退し、佐平次とおそめは手を取り合い「もっと広い世界」のアメリカ国を目指して旅立つ。

和物っぽくない音楽がすごく良かったので思わずパンフレットを買ってクレジット確認。手島恭子さん。覚えました。特に王道ミュージカルの主題歌みたいなおそめのソロナンバーがとても良かったなあ。テーマ曲の「居残り家業」や早霧・咲妃・望海が歌う「朝陽の向こう」の三重唱など、耳残りのいい曲が多くて「ミュージカル」としてすごく良かったと思います。

群像劇っぽくいろんなキャラが出てきて、今回で退団する何人かの生徒さんにちゃんと見せ場を作ってあげるのもいい。それでも散漫にならずにちゃんと佐平次とおそめのふたりを中心にストーリーが展開していき、トップコンビのデュエットナンバーやトップコンビ+二番手のトリデンテのナンバーのような聴かせどころもあり、なんていうか「ファンが観たいもの」をしっかり見せてくれる公演だったと思います。ラストの墓地のシーンだけは観ていてちょっと蛇足感があった気がするのですが、どうやら原作映画に準拠した展開らしくて納得。その前のシーンで佐平次とおそめがふたりで旅立つ方が収まりは良かった気がしますけどね。

まあそれにしても佐平次を演じた早霧さん、上手い。お調子者風でコミカルな役にも関わらず時々「死」を思わせる影のある表情を見せるのがいい。ちょっとお披露目公演のルパン三世に通じるところもあり。相模屋のすったもんだをすっかり片付けて旅立っていくという展開はまさに「雪組をまとめて旅立っていく」トップさんのイメージであり、笑いの中にも静かな感動のある舞台でした。しかし惚れ惚れとする羽織さばきであったことよ。すっと放り投げて落ちてきたところに腕を通したり、すごく難しそうなことをたやすくやってのけていて、「マントさばきの上手いジェンヌさんは過去にもいたけれど、こんなにも羽織さばきが巧みな人が他にいただろうか……!」って思いましたよね。さすが和物の雪組のトップさんです。おそめ役の咲妃みゆさんも、気の強い女郎という宝塚らしくない難しい役柄を絶妙の塩梅で演じていてとても良かった。ソロナンバーは聴き応えあったなあ。

さてショー「Dramatic “S”!」は中村一徳先生演出のとにかくパワフルなショー。終盤のデュエットダンスになだれ込むまで、テンポの早いナンバーが中心でほとんどしっとり系の場面が無かった気がします。群舞大好きの私としては嬉しいタイプのショーです。Bryant Baldwinさん振付の「Song & Dance」のジャズダンス良かったなー。踊ってるほうは大変だろうなーと思うけれど、カッコ良かった。しかしなんといっても見所は中盤の「絆」の場面ですねー。早霧さんがよくカーテンコールなんかで掛け声としてやっていた「絆」の言葉をテーマにした歌詞で、早霧さんが組子全員と視線を交わしていく場面。泣くわ。ライブビューイングで観た千秋楽のこの場面ではもう、早霧さんもボロッボロ涙を流していたし、後ろの組子たちの多くも泣いていた。ショーの中盤でこんなに泣くトップさんも珍しいんじゃないだろうか。でもこの曲でこの歌詞でこの演出で泣いちゃう早霧さんがまた「らしいな」という感じで、本当にいまの雪組のカンパニーとしての結束感が見える名場面でありました。

宝塚に限らず舞台を観ていると「あ、このカンパニーは仲が良いな、いい空気感だな」と思うことが時々あって、それはカーテンコールで交わされる笑顔だったりインタビューなんかから漏れ聞こえてくるエピソードだったりするのですが。いまの雪組は本当にそういうことを度々感じる組だったなーと思います。早霧&咲妃のトップコンビの夫婦漫才感であったり、早霧&望海の一番手二番手がお互いに信頼しあってる感じであったり、下級生たちの熱を感じる群舞の瞬間であったり。とくに千秋楽はもう本当に「この最後の瞬間」に全員が全身全霊をかけている感じがあって、なんというか胸がいっぱいになりましたよね(思い出しながらまたいまちょっと泣いてる)。

私は宝塚を観始めてもう15年くらいたつんですが、ものすごいハマって観てたって感じではなくて。ゆるーく気になる演目だけをつまみ食いしたり、安蘭けいさんや明日海りおさんなど気になるトップさんがいたらなんとなくそこを中心に観たり、という程度で、正直「熱心なファン」という感じでも無かったんですが(え?という声が聞こえてきそう)。でも、早霧さんがトップに就いてからの雪組は、作品に恵まれていることもあって、「初めて宝塚にハマった」と思わせてくれる組でありました。ルパン三世、星逢一夜、るろうに剣心、ケイレブハント、幕末太陽傳。大劇場公演をほぼ観たのは初めてじゃないでしょうか。個人レベルでいうと私は早霧さんよりも二番手の望海さんのファンなのですが、それでも早霧さんの退団は本当に寂しいし、もう少し「今の雪組」を観ていたかったなあと思います。でもこの終わりの瞬間が否応無しにくるのが宝塚なんですよねえ。退団しても活躍されることをお祈りいたします。

本当に寂しい気持ちに嘘は無いのですが、それでも翌日に宝塚公式サイトのスターのページに望海風斗さんの写真が変わったのを見た時は「来た……!ついに……!」と胸が熱くなりましたし、来るべきお披露目公演が本当に楽しみです。プレお披露目のツアー公演のチケットは確保したので、これからもまだまだ雪組を応援していきますよ!