宝塚歌劇星組「阿弖流為 ーATERUIー」


出典:宝塚ジャーナル「エンターテイメント性に溢れた礼真琴の初東上主演作品!宝塚星組公演『ATERUI─阿弖流為』」

阿弖流為」といえば劇団☆新感線や歌舞伎で上演された中島かずき脚本☓いのうえひでのり演出版があまりに名作で印象に強く、「高橋克彦の『火怨』が原作とはいえ、宝塚でやっても自分的には物足りないんじゃなかろうか」とちょっと心配していたのですけれどね。いやいやなんの、まったくの杞憂でございました。骨太のドラマにしっかり泣かされ、十分に心を満たされて劇場を出ることができました。
あらすじ。時代は平安初期、桓武天皇万里柚美)政権の日本。蝦夷征伐を目論む朝廷軍と激しく対立する蝦夷の人々。蝦夷の鮮麻呂(壱城あずさ)は妻の巫女を横暴な朝廷軍の紀広純に殺され復讐を誓う。鮮麻呂と阿弖流為(礼真琴)が密議をしているとそれを盗み聞きしていた男がいが。阿弖流為が男を追うとそれは父の腹心でもある飛良手(天華えま)。家族を殺されたことをきっかけに阿弖流為たちを裏切ろうとしていた飛良手であったが、阿弖流為の説得で共に戦う決意を固める。阿弖流為たちはのちに腹心の軍師となる母礼(綾凰華)を訪ね、都へ向かう。都では紀広純を討った鮮麻呂が檻に捉えられ石を投げられていた。阿弖流為たちはその姿に衝撃を受けるが、蝦夷を守るためにひとり犠牲になった鮮麻呂は舌を噛み切り自死を遂げる。痛ましく晒されていた鮮麻呂の首を弔おうとする朝廷側の武将・坂上田村麻呂(瀬央ゆりあ)に阿弖流為は礼をいい、ふたりはお互いを認め合う。東北に戻った阿弖流為蝦夷の軍をまとめ力をつける一方、母礼の妹・佳奈(有沙瞳)との仲を深める。やがて佳奈は子を宿すが、蝦夷軍は度重なる戦で疲弊していた。阿弖流為と母礼は最後の策として、自分たちだけが最後まで戦い抜き犠牲となることと引き換えに、他の蝦夷たちを守ろうとする。仲間割れを装うため死んだことにして顔を焼き戦に参加した諸絞(音咲いつき)の姿を見た田村麻呂は阿弖流為たちの意図を察する。蝦夷軍は降伏し田村麻呂は桓武天皇阿弖流為と母礼の助命嘆願をするが受け入れられず、ふたりは処刑される。ふたりの死を見届けにきた飛良手も田村麻呂の前に首を差し出す。数年後、田村麻呂は桜の花が舞う蝦夷の国を訪れ、佳奈とその子どもに出会う……。

原作は単行本上下巻の大長編なのですが、うまくまとめてあったように思います。時代背景や原作を知らない方には冒頭がやや情報過多で頭に入りにくいところもあったかもしれませんが、LEDパネルに当時の地図や役名と読み仮名を出しながら物語を進めていく親切仕様でした。徹底抗戦派や降伏派など一枚板ではない蝦夷軍の状況や天皇・貴族・武人のそれぞれの立場を描いた朝廷軍の描写など、複雑な状況をわかりやすく見せていたなあと。LEDの映像の色調が色鮮やかすぎて衣装とのバランスがやや悪いような気もしましたが、まあこの辺は許容の範囲内。

阿弖流為と田村麻呂の関係性はもちろん、先に蝦夷のために死んでいく鮮麻呂の思い、阿弖流為と仲間たちの関係性、阿弖流為と佳奈のロマンス、とたくさんの要素を無理なく盛り込んでいて「お見事!」と思いました。何よりヅカの楽しみである男役同士の関係性がね。阿弖流為の礼真琴と田村麻呂の瀬央ゆりあ、路線男役で95期同期コンビがこのがっつり「お互いに認め合いリスペクトしつつも剣を交える」という設定。さらに阿弖流為を最初裏切ろうとする鉄砲玉のような飛良手は、阿弖流為に説得されてからはワンコのように従順で尻尾を降らんばかりだったり。阿弖流為の腹心の参謀・母礼は母礼で「死ぬ時は一緒と決めていた」「その覚悟はとうに出来ている」など泣かす決めセリフ続々だったり。この飛良手=天華えまと母礼=綾凰華が98期同期コンビというのもね。路線男役たちががっつりと主人公と絡みそれぞれキャラも立っていて関係性もそれぞれ魅力的で、って、もうヅカ作品の理想形じゃありませんか? 最高! 二幕冒頭、阿弖流為の「(佳奈との仲は)まだ母礼には言ってないんだよ〜」とかのあたりの青春の1ページみたいな微笑ましい場面のキャッキャウフフの場面、殺伐な物語の中の箸休め的な場面ですがヅカヲタの喜ぶシーンでしたね!

もちろん主人公の礼真琴のカリスマ性のあるヒーロー像、本当に文句なしのカッコよさでしたし。雪組から組替えで星組に来た佳奈役の有沙瞳ちゃんも良かったです。阿弖流為にと共に戦う心意気の凛としたヒロイン、魅力的でした。各キャラが魅力的で有機的に絡まり合うこの脚本と演出、大野先生お見事ですとしか言いようがない。

しかし、先週に花組を観たばかりなので「なぜあの内容の邪馬台国が大劇場作品で、この阿弖流為が青年館サイズなのか……」と劇中で何度も首をひねることになりました。このキャパではチケット取れなくて涙を飲んだファンも多いことでしょう。青年館公演ということでキャストも大劇場の半分以下なのですが、この骨太ドラマは大劇場作品に耐えうる内容だし、大劇場で盆とセリ使いながら大人数の大迫力戦闘シーンが観たいな……、と思いました。しかしまあ小規模公演だからこその良さもあるというか、全体的に若い座組で、組子たちの熱さが最後列までダイレクトに感じられるのは良かったですね。ところどころ頬に涙が光っているのが見えたり、叫び声に嗚咽がまじったり、実に熱いエモーショナルな演技にはグッとくるものがありました。雪組の「ドン・ジュアン」の時もこういう熱を感じましたけど、大劇場公演ではなかなかみられない、下級生たちの熱気やテンションを感じられる公演だったなあと思います。いやー、満足!しました!