八月納涼歌舞伎 第二部「修善寺物語」「東海道中膝栗毛 歌舞伎座捕物帖」

修善寺物語」
概要を見た時に「これは納涼歌舞伎の演目としてはいささか地味で暗いのでは」と思いましたが、これが選ばれたのはモチーフ的に「桜の下の満開の下」と通じるところがある作品だからなんでしょうかね。娘が瀕死の状態でいるのを見てもなお面(おもて)作り師としての血が勝っちゃう夜叉王の「アーティスト/作り手としての“業”」が印象に残る作品。あらすじは「 修禅寺物語 | 歌舞伎演目案内 – Kabuki Play Guide – 」が詳しくてわかりやすかったです。今まさに死んでいこうとする娘が目の前にいるのに「そっかーあの面に死相が出ちゃったのは俺の技術不足じゃなくて今のこのことを予見してたんだな!」とか言い出したり、それだけでなく「その断末魔の表情を面にしたい」と紙を広げて絵を書く夜叉王。「ちょ、待てよ」「あんたの娘、死にそうだよ?」ってツッコミたくなる場面ですが、その夜叉王の気持ちを理解して最期の力を振り絞り死に際の顔を上げる娘の桂、さらにそれを咎めるでもなく見守る桂の妹・楓とその夫。普通に考えたら狂気すら感じるシチュエーションで幕となる物語なんですが、これがまさに「アーティストの業の深さ」なんでしょうかね。「桜の森の満開の下(夜長姫と耳男)」で「部屋にたくさんの蛇を吊るしてその生き血を木にぶっかけながら弥勒を彫った耳男」のエピソードを思い出す作品でした。「シュールな幕切れにポカンとした」という感想も見かけましたが、なるほど確かにあの壮絶かつ迷惑な「業」をもった人が周りにいないまま生きてきた人から見ると、そういう風に見えるかもなあーと思ったりもしました。

東海道中膝栗毛 歌舞伎座捕物帖」
去年の納涼歌舞伎で大いに盛り上がった「弥次喜多」シリーズの第二弾。前作は見逃してしまったのですが、お伊勢参りのはずがラスベガスにたどり着いてしまうという何でもアリのドタバタ喜劇、Twitterでも話題になったのは眺めていました。前売りチケットも二部はあっという間に売れていったので、たぶん前作の満足度が高かったのでしょうね。以下、ネタバレだらけですのでこれから見る予定の方はご注意を。

オープニングはスクリーンにでかでかと松竹映画でおなじみの富士山のアレが登場し、前作をダイジェスト映像で紹介。初めて見る人にもわかりやすい親切設計です。「弥次郎兵衛(染五郎)と喜多八(猿之助)のコンビ物」「染五郎の息子・金太郎と猿之助の甥・團子が若武者コンビ」「電飾ギラギラの華やかな場面もあるドタバタ喜劇」「ラストは弥次喜多宙乗り」などがどうやらこのシリーズのお約束になりそうなことを把握してから本編へ。

前作で花火とともに打ち上げられズタボロになった弥次喜多コンビが、クラブ風の照明の中ノリのいいラップにのせて宙乗りで3階席から登場する幕開き。一気に湧く劇場の空気で、「あっ、これは納涼歌舞伎の演目としていい鉱脈を掘り当てたな」と思いましたよね。弥次喜多の愛されコンビ感、伝統芸能の堅苦しさもなく「お気楽な娯楽作品でござい」と何でもありの構成演出、何作でもシリーズ作品が作れそうなお約束の枠組み。これはきっと今後も納涼歌舞伎の定番演目になりそうな予感がしました。

舞台はまさに木挽町歌舞伎座。一文無しになってしまった弥次さん喜多さんがアルバイトをすることになった歌舞伎座では、初日に向けて「義経千本桜・川連法眼館(四の切)」の稽古中。四の切の装置の中でお弟子さんの俳優が毒殺され、そのショックで寝込んでしまった若手の綾人(隼人)の代わりに代役にたった先輩・伊之助(巳之助)は早替りの途中で絞殺されてしまう。綾人の付き人・小歌(弘太郎)と座元・釜桐座衛門(中車)の妻・お蝶(児太郎)が犯人として疑われ、取り調べる相手を観客の拍手で決める「どっちを取り調べまSHOW」がギラギラの電飾とともに開始。この日は「A・お蝶」の取り調べとなるが、お蝶は手首を切って自殺。右手首が切られていたことから左利きの小歌が自殺を装って殺したことが明らかとなり、後味は悪いながらも事件は解決。寝付いていた綾人も喜多さんの薬ですっかりよくなり、いよいよ四の切が開幕。荒法師役となって舞台に上げられてしまった弥次さん喜多さんは、狐忠信のかわりに宙乗りで退場していく……というのがざっくりとしたあらすじ。

冒頭から若武者コンビの金太郎くんに弥次さんが「息子のようなもの」といえば喜多さんも團子くんを「親戚のようなもの」と言ったり、静御前役の巳之助くんがあのお衣装なのに大股で歩いてはドスの効いた声で怒鳴ったり、釜桐座衛門(カマキリざえもん)の中車さんは蟷螂について熱く語ろうとして止められたり(もちろん「昆虫すごいぜ!」のカマキリ先生が元ネタ)「半沢村の大和田出身」と言いながら例のBGMに乗せて盛大に土下座をしたり(もちろんドラマ「半沢直樹」が元ネタ)、突然の代役で静御前役になったのがなんと80代の為三郎(=竹三郎さん)で「静御前は50年ぶりだよ!」とあわあわしてたり舞台の上でもヨロヨロだったり、女医に扮した七之助さん&大道具の勘九郎さんは「次の仕事があるから」「桜の森へ行くんだ」と言いながら退場したり、などなど、メタネタや小ネタが満載のドタバタ喜劇。楽しい。

見どころは四の切の装置の早替りの仕掛けを見せながらのトリック解説で、これは歌舞伎ファンであるほど楽しいところだったんじゃないでしょうか。私は猿之助さんの襲名記念「亀博」であの装置の裏側を見たことがあったんですが、その時も「ははー!こんな風になってるんだ!」って思いましたし、初めて見る方はなおさらだったんじゃないかと思います。「出があるよ!」の声に惑わされてなかなかじっくり見られない狐忠信の登場シーンの仕掛けもゆっくり見ることができたり、猿之助さんの「ここで必ず足をこうやってぐっと踏ん張るから毒を塗った釘はここに仕込むんだ」というトリック解説に「ほほー」と感心したり、「ていうかソレ知ってるの忠信役やったことある人だけじゃない? 犯人は猿之助さんじゃない?」と心の中で突っ込んだり。この辺はまるで金田一少年名探偵コナンを見ているような謎解きミステリ感。

もうひとつの見どころは、隼人くんと巳之助くんといういま人気爆上げの若手ふたりに「劇中劇」という体であれ歌舞伎座で狐忠信をやらせたことでしょうかね。ふたりにとってはおそらくすごい経験だし、若いファンにとっては大サービスでもあるし。ワンピースで株と人気を一気に上げたふたりへのご褒美だったんでしょうか。見せ場も多くてふたりのファンは大喜びだったことでしょう。

歌舞伎ファンとしては充分楽しんだし面白かったし、何より「稽古期間が短い中で、しかも三部の『桜の森…』というド新作と平行して、よくこれだけの内容が作れたな!」と感心もしたんですけれど、一方でめんどくさいイチ演劇ファンとしては「ミステリとしても喜劇としてもいささか脚本がヌルい」「歌舞伎ファンは楽屋オチ的なネタがたくさんあって面白いかもしれないけど、歌舞伎を見ない人には薦めづらい」「これで一等席15000円てことを考えるとちょっとコスパは悪い気がする」「弥次喜多の主演ふたりが中盤ぜんぜん出てこないの、主演ファンとしてみたらどうなの?」という気持ちが湧いたのも事実でした。新橋演舞場あたりでもう少し脚本作り込んでがっつり一ヶ月稽古期間とって一本モノの芝居として上演したほうが満足感高いんじゃないかしら、なんてことを少し思いましたよね。3等B席3000円で見る分にはとっても楽しいんですけれど。全体的に「芝居」というよりは俳優祭なんかの「出し物」といった感じがする内容でしたね。そういうものと割り切ってみる分には満足度が高くて楽しめる内容だったと思います。

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歌舞伎座「八月納涼歌舞伎」初日開幕 | 歌舞伎美人(かぶきびと)