イキウメ「散歩する侵略者」


出典:劇団公式Twitterより

イキウメの代表作、になるんでしょうか。2005年初演で今回が4回目の上演。小説版のほうは読んでいますが舞台は未見だったので今回が初見です。小劇場サイズの芝居にもかかわらず壮大な地球侵略SFで、とっても面白かったです! 細かい変更はあるんでしょうが初演と変わらない設定のはずなのに、北朝鮮からミサイルがゴンゴン飛んでくる今年はなおのこと嫌なリアルさが増したのではないでしょうか。今年黒沢清監督が映画化していて楽しみにしていたのですがタイミングが合わず映画はまだ観られていません。ああーはやく観たい〜。

以下あらすじですが、がっつりラストまでネタバレありますので未見の方はご注意を。



海の向こうの隣国から飛んでくるミサイルで不穏な雰囲気の海沿いの街。街では老婆が家族を惨殺する奇妙な事件が起きていて、元警察官のジャーナリスト・桜井は唯一生き残った娘の取材に来ていた。桜井は浜辺で足をケガしている奇妙な男、真治に声をかけ病院につれていく。真治は数日間行方不明になっていて、記憶はあるもののまるで別人格のようになっていたとのことで、真治の妻・鳴海は戸惑っていた。真治は子どものように何もわかっていなくて考えられないような失敗をするが、好奇心は旺盛で散歩で出会った人には様々なことを質問する。鳴海はもうほとんど夫婦としての関係は終わっていたと言い、介護が必要な状態になってしまった真治に途方に暮れる。鳴海の実家に真治を預けていたある日、鳴海の姉・明日美は真治と家族について会話しているうちに突然何かが起こったように涙をこぼす。その瞬間から「血縁に関すること」を理解できなくなった明日美は混乱し、次第に精神が崩壊していく。街では明日美と同じように心を病む患者が多発していた。無職でくすぶっていた男・丸尾も真治と出会ってから「精神を開放された」気分になり、急に何かに目覚めたように戦争反対を主張しはじめ、職場の元後輩は困惑する。ジャーナリストの桜井は「自分は宇宙人である」と自称する学生・天野と出会い「ガイド」の役割を頼まれる。初めは面白がって話を聞いていた桜井だったが、惨殺事件の生き残りの娘・あきらと天野を病院で出会わせたことで、ふたりが「地球を侵略しに来て、人々から『概念』を収集している宇宙人」であることを確信する。会話をする中で概念を奪われた人々は奪われた事項について理解できなくなり混乱して、明日美のように精神が崩壊していく人もいれば、丸尾のように心を解放されたと感じる人もいる。あきらははじめ老婆の身体をのっとったものの、好奇心のままに身体を傷つけて老婆や家族を死なせてしまい、残ったあきらの身体に入り込んだのだという。あきらと天野はもうひとり仲間がいるはずだといい、その仲間を探そうとする。一方で真治は、そろそろ収集の任務を終えて帰ると鳴海に告げる。真治の身体には元の人格は戻らず死ぬことになるという。別人格になった真治に情が移っていた鳴海は、自分から「愛」の概念を奪うように真治に告げる。そうすれば真治は他の人からは収集しにくい「愛」について知ることができる、自分は真治を失ったことを悲しまなくて済む、一石二鳥だと。真治は鳴海から「愛」の概念を奪って初めてそれを知り、鳴海の膝で慟哭する……。

小説版を読んだ時は、正直なところ小説としてはラストがちょっと唐突に終わりすぎてやや物足りない感じがあったんですけれど、戯曲だと思って演出を脳内で補完して読むとラストがとてもエモーショナルでこれは面白い脚本だな、と思ったんですよね。日常がジワジワと得体のしれないものに侵食されていく不気味な感じ、そしてその原因が明らかになり「宇宙人の地球侵略」を描いたSFがラストで一気にふたりのラブストーリーに収束するところ、「愛する相手を失う怖さのあまり、愛についての概念を自ら差し出す鳴海」と「愛の概念を知ってしまったがために取り返しのつかないことをしてしまったことに気づく真治」の対照的な姿。展開を知った上で観ていてもやはりちょっと泣いてしまいました。

ただまあちょっと不満があるとすれば、「もうほとんど夫婦としては破綻していた状態」から、ほとんど要介護状態のめんどくさい状態の真治に対して鳴海が愛情を回復するまでの過程についてはもうちょっと何か描写があってもいいのかな、と思いました。「ほとんど子ども」の状態の世話をしていると情が移るのは人の親としてわからんではないのですが、男女関係として考えるともう三行半つきつけて家から放り出したくなる状態に違いないと思うので。なんか真治が無自覚にやる仕草や行動が女心をくすぐる的なエピソードがあっても良かったのかなぁと(ありがとう、とか、ごめんなさい、とかを素直に言いながら顔を覗き込むような仕草をする、みたいなやつだけでも良いんですよ!)。

それと、よくよく考えてみると鳴海と真治のふたり以外のエピソードやその後の世界については乱暴に放り投げてる感がなきにしもあらずなんですが、それでもこの「愛情」というものをこういう形で描くこと、そして「概念」だけを人から奪っていくというアイデアが良いですよねぇ。シアタートラムサイズの小劇場でも「宇宙人の地球侵略」なんていう壮大なテーマを描くことができるのだなあと、まずそこに感心します。抽象的なセットの中で次々と転換していく演出も相変わらずスマート。近年の前川さんの作品と比べるとやはり初期作品だけあって大筋の部分に若干荒削り感が残ってる気がしなくもないですが、とても面白かったです。