HEADS UP @ KAAT

2015年の初演の評判がとても良く、早くも2年後の今年再演となったミュージカル。初演を見逃していたので今回はきっちり前売チケット握りしめてお待ちしておりました。いやー面白かった! 「笑って泣けるミュージカル」なんていうとあまりに胡散臭くて疑ってかかってしまいそうですけれど、事実笑って泣けたんだから仕方ない。とても楽しい、そして舞台愛に満ちた作品でした。以下、軽いネタバレもありますので、これからご覧になる方は薄目でどうぞ!

場所は栃木の寂れたホール「黎明会館」、そこでは上演回数1001回目となるミュージカル「ドルガンチェの馬」が上演されようとしているところ。1000回でキリよく終わったはずなのに主演の老俳優のたっての希望でこの地での上演となったものの、舞台セットは廃棄されていて1/3しか残っていない、スタッフもキャストも足りない状態、舞台を仕切るのはこれがデビュー戦となる新人舞台監督、その上主演俳優もちょっとボケ始めていて、まさにてんやわんや状態。それでもスタッフたちは幕を開けようと必死になって……という物語。

初演の時、「ああー橋本じゅんさん出てるのかー」と思いつつチケットを取らなかったのにはワケがあって、私はこういう「ミュージカル、TV、お笑い、小劇場など、いろんなジャンルの人が集まったごった煮状態のバラエティ豊かなキャスト、によるプロデュース公演」があんまり好きではないんですね。演技トーンはバラバラだし、舞台に慣れてないキャストもいたり、っていう舞台は統一感が無くて苦手なのです。歌舞伎や宝塚、劇団の公演なんかはその辺の演技トーンが統一されているので安心して観られるのですが。まあ時々それがうまいこと化学反応を起こして予想外に面白い舞台になることももちろんあるんですけれど、確率は低い。今回の舞台も、正直なところ芝居が始まって30分くらいは「あっコレもやっぱり演技トーンばらばらだなー」と思いながら見ていました。セリフから歌への繋ぎ方なんかもアッキーなんかは自然で安心して見てられるんだけど、ミュージカルじゃないジャンルの人はやっぱりその辺の流れがうまくない感じで(役者さんの問題もあれば演出面での問題もある)、「突然歌い出すからミュージカルは恥ずかしい」っていうタモリさんの言葉をつい思い出してしまうようなところはありました。「ミュージカル」として見ると、荒削りな面が残ってるのはちょっと否めないというか。

ただ、それでも引き込まれてしまうのは、この芝居の軸に劇場への愛、芝居への愛、舞台に関わる全ての人への愛がこれでもか!と詰まっているところでした。最初はやる気の無さそうにみえたバイトの若いチンピラくん(池田純矢)が「ここで昔戦隊モノのヒーローショーを見たんだ」と取り壊される予定の劇場への愛着を語るところでうっかり泣きそうになってしまったり(そこ?)。制作担当(青木さやか)さんが「公演は中止にしない、だってチケットはもう売ってしまったのだから。それはお客さんと『いい芝居をする』って約束したってことだから」というようなセリフを言って「♪チケットは売れている 約束はできている」っていうナンバーをみんなで歌うところでもう「多少のアラは目をつぶる!」って気持ちになりましたよ。だって、「ランチを切り詰めて」「カレンダーに印をつけて」「その日が来るのを待ちわびて」ってチケットを握りしめてその日を楽しみにしてる側の観客の気持ちを歌われたらさぁ、うっかり泣いちゃうよ! そりゃ!

(ここで思い出してしまうのは、今回のツアーの新潟公演と山梨公演が、主催の山梨舞台芸術センターの事業停止により中止になってしまう騒動があったこと。先行予約でチケット代を振り込んだ人には返金も不可能だったとか。こんな内容の舞台なのに本当に皮肉な話だなあと。後日、被害にあった方のところには東京公演主催の石井光三オフィスの好意で東京公演のご招待が届いたそうで、この舞台にかける主催者の心意気を見ました……!)

すったもんだの末になんとか舞台は開幕、オープニングの場面を見せたところで一幕は終わり、休憩を挟んで二幕へ。すると芝居が無事幕を降ろしたところから始まるので「おっ?」と思いました。バックステージものといったらこの開演中のすったもんだを描くところが肝とすら言えるのに、そこを大胆にすっ飛ばしちゃうのでちょっとびっくりしました。もちろんこの後、回想シーン的に劇中劇のすったもんだも出てはくるのですが、「なんとか無事に終わった」その後のバラシを見せていく構成はユニークだなと思いましたね。そしてこの一幕ラストと二幕の回想で出てくる劇中劇シーンがまた爆笑モノ。「♪馬っ馬っ ドルガンチェの馬っ♪」「♪靴っ靴っ ドルガンチェの靴っ♪」の歌と振付(川崎悦子先生!)はインパクトありすぎて脳裏からずっと離れない有様。セリフを忘れた老俳優に兵士がセリフを教えるくだりも、ドアがあかなくてセットの壁ごと壊してしまい「見切れるのを屈辱に思う演出部の久米(橋本じゅん)」がバッチリ見切れてしまう場面も、黎明会館の看板が出てきて「ここはドルガンチェ!」の歌詞が「ここは黎明会館!」になってしまうところも、思わず笑ってしまいましたねえ。

「ドルガンチェの馬」のタイトルロゴは「ラ・マンチャの男」そっくりだし「千回上演」ってあたりもラマンチャを意識してるんでしょうけれど、老俳優のイメージはたぶん松本幸四郎さんというよりは平幹二朗さんあたりのいわゆる「大物ベテラン俳優」を戯画化した感じ。演出家の「海老沢」の名前もキャラは違うけど「海老沢→蛯沢→蜷川」あたりのパロディかな。演出助手にすぐ手を出すとかあるあるなんだろうなあ。滝(芋洗坂係長)の「俺は暗黒街のボス」のナンバー、歌って踊れるデブ!感が最高でしたね。久米(橋本じゅん)の死んだ奥さんのエピソードとかちょっと唐突感もあったし後半の流れを失速させた感もちょっとありましたが、なんやかや最後まで楽しく観ることができました。そしてアッキーはマジ天使、でしたね……(見た人には伝われ)。

前半の仕込みの手順と後半のバラシの作業に合間合間に各キャラクターのエピソードが語られていくような構成で、このエピソードの背後で行われている作業も舞台ファンとしては目に楽しかったです。地味に好きだったのは床材(リノリウム?)を敷き詰めるところと、それを片付けるところでした。きれいに床材を並べてそのつなぎ目に透明のテープを貼っていく所、また逆にそのテープを剥がして床材をくるくるまるめていく作業のなめらかさに惚れ惚れ。アフタートークによると本来はもっと時間をかけて作業するところだそうですが、練習して短時間で作業するようにしたんだそうで。明るい照明の下では「そりゃないわー」と思ったツギハギの舞台セットも、照明マジックで意外にしっかり砦に見えるあたり「舞台の魔法」が感じられたり。「釘一本残すな」と、何もないところに虚構の世界を積み上げて、また釘一本残さずに去っていく、この「記憶以外には何も残らない」ところが舞台の魅力のひとつだったりするんですよねえ。「舞台は積み上げてはまた壊す、その繰り返し」、人生もまたそうである、というテーマがとても良かったです。

土曜ソワレ公演はアフタートークあり。演出家のラサール石井さんの司会で哀川翔さん、相葉裕樹さん、大空ゆうひさんと中川晃教さんが登場。初演時はかなりバタバタだったらしく、作曲家の方が稽古場の隣の部屋に機材を持ち込んで稽古と平行して作曲をしていたとか、初日直前も横浜公園に車を停めて作曲してたとか、相葉裕樹さんのソロナンバーは小屋入りしてからできたものだとか。「リアルHEADS UP」な話は山ほどあるという話でした。「曲ができたー」って隣の部屋に入ってってちょっと練習するとすぐにみんな覚えて出て来る、という様子を見て、舞台の経験が少ない哀川翔さんは「ミュージカルの人ってすげえ」って思ったとか……(K池先生の新作の現場にいた人とかはそういうことよくありそうですよね……?)