宝塚月組「THE LAST PARTY 〜S.Fitzgerald's last day〜フィッツジェラルド最後の一日」


出典:スポーツ報知「宝塚月組スター・月城かなと 初東上作開幕「喜びと責任感を感じました」」

スコット・フィッツジェラルドの半生を描いた2004年初演作品を月組三番手・月城かなとの主演で再演。というわけで月城さんの東京初主演作品でもあります。SNSみる限り概ね評判も良いようなんですけれど、個人的にはちょっと植田景子先生の作品が肌に合わないんですよね。大劇場作品何本か観てますが、どうも印象に残らないというか。今回の作品も贔屓がボロボロになる姿を観たい……という月城ファン的には美味しい作品ではあるのですが、全体的には地味で暗く辛い物語なので、「ああ、タカラヅカを観た!」という気分にはなりにくい作品でありました。決して駄作ではないしこのへんは単純に個人の好みの問題だと思いますので、これから観劇予定の方は先入観無しで観ていただければと思いますけれど。

上演時間2時間強をほぼ袖に引っ込まず文字通りでずっぱりの月城かなとさん、頑張った……!(←誰目線)セリフも多いし苦悩する場面ばかりなので相当消耗しそうな内容ですが、最後まで無事のりきってほしいと思います。セリフも明瞭だし歌も安定してるし、芝居も実に丁寧で良かった! 老いフィッツジェラルドの演技がわざとらしくないのに、ちょっとした仕草で「ああ晩年だな」とわかるのも上手いなあと思いましたね。ただ享楽的なパーティに明け暮れて原稿料を前借りしまくる金遣いの荒い破滅型の人物像にはちょっと見えないというか、作家としての向上心のほうが強く出ちゃうのは本人の生真面目さ故かなーという気もちょっとしましたね。タキシードや白シャツなどの場面が多くてビジュアル的には完璧でした。目の保養。

ヒロイン・ゼルダ役の海乃美月ちゃんも良かった。ふたりの気持ちのすれ違う場面も、どちらにも言い分があるように丁寧に描かれていたのでイライラせずに観られましたね。ただまあこちらも「きれいなおバカさん」に見せることを自覚的に選択している実は賢い女性に見えなくもないので、心を病むほどの不安定な危なっかしい浅はかな女性という役柄には見えませんでした。海乃さんもどっちかというと芯の強いキャラのほうが似合うんじゃないのかなーと、ちょっと思ったりしました。

ヘミングウェイ役のアリちゃん、暁千星さん、良かったですね。浅黒肌にワッフルヘアーのビジュアルだけでも十分なほどだったのですが、戦場の前線をくぐり抜けてきた瞳の暗さもいいし、細かい表情の演技が上手い! ゼルダフィッツジェラルドのやり取りを聞いてる時の表情の細やかな変化だけで多くを語っていて「上手いなぁ……!」と唸りました。出番は少ないながらも印象に残りました。BADDYのバブみ溢れる王子はどこへ……

フィッツジェラルドというと映画版の「華麗なるギャツビー」のイメージがあるので、パーティシーンはもっとド派手で行き過ぎなほどの享楽的な雰囲気があってほしいなーとちょっと思いました。まあバズラーマンのあれはやりすぎというかトゥーマッチではありますけど、それにしても普通にタカラヅカの華やかなパーティシーンといった感じだったので、もうすこしあそこに時代性というか空虚な過剰さがあったほうがその後のフィッツジェラルドの孤独や苦悩が際立つのになーと。

あと、個人的にはもう少しフィッツジェラルドゼルダの絆の描写が前半にあったほうが良いんじゃないのかなーという気がしましたね。浮気したり心を病んだりしてもなおフィッツジェラルドゼルダを愛し続ける、という説得力がいまいち伝わってこないなーと。単に地元で一番の美女だったから手に入れたというトロフィーガールにしか見えないんですよね。終盤も愛人シーラの前でぬけぬけとゼルダの話をしながら、シーラにも愛してるというフィッツジェラルドの心情に、ちょっとモヤってしまうので。その矛盾や歪みが観客の腑に落ちるにはちょっと描写不足だったかなあという気がしました。

今回の作品は「フィッツジェラルドを演じる若い俳優・TSUKISHIRO(=月城かなと)」が冒頭とラストに登場してフィッツジェラルドについて語る場面があり、他のキャストも「MITSUKI/ゼルダ」「AKATSUKI/ヘミングウェイ」といった具合の役名になっていて、一種のメタ構造になっているんですが、正直この部分が効果的であったとは思えないんですよね、普通に「フィッツジェラルド」の生涯を描くだけの構造で良かったんじゃないかと思うのですが。冒頭はともかく特にラストシーンは「コレいらなくない?」と思いました。フィッツジェラルドが死ぬ場面「舞台の奥へ去っていくフィッツジェラルドの背中、スポットライトが絞られる」、というところで幕切れにしてしまってよかったと思うのですが、その後すべての登場人物がでてきてその後の人生を語り(まあそこまではよしとしても)、フィッツジェラルドの人生や意味を総括するようなセリフがあり、横一列に並んだ登場人物が笑顔でフィッツジェラルドの著作を両手で前に掲げて終わる……というラストシーンで。これがまあものすごくダサくて蛇足に感じたんですよね。せっかく2時間かけてフィッツジェラルドの人生を描いてきたんだから、わざわざ陳腐な言葉でまとめないで? その意味や解釈は観客にゆだねて? と思いましたよ。この手の「観客を信用してない演出」が苦手なんですよね、芝居ファンとして。こういうわかりやすさは不要だと思うんですよ……。

ただまあ青年館公演っていつもたいてい録音音源なんですけれど、今回生演奏だったのは贅沢でいいなあと思いました。ドラムとピアノのキーボード? くらいの少人数編成でしたが、やはり生演奏はいいですね。好きです。