宝塚月組「夢現無双 -吉川英治原作『宮本武蔵』より-/クルンテープ 天使の都」

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出典:ギャラリー | 月組公演 『夢現無双 -吉川英治原作「宮本武蔵」より-』『クルンテープ 天使の都』 | 宝塚歌劇公式ホームページ


夢現無双」は吉川英治の「宮本武蔵」を原作とした作品。個人的には宝塚の和モノはあんまり好みではないのですが、それでもたまに「星逢一夜」みたいな傑作があったりするので見てきました。月組ですしね、美弥るりかさんの退団公演でもあるので、まあ見ないという選択肢はないんですけれど。

宮本村での子供時代から吉岡一門との戦い、巌流島での佐々木小次郎との決戦までを駆け足で駆け抜ける展開。「バガボンド」はざっと読んでいたので一応「ああこれはあの場面だな」と思いながら観ることはできましたけど、宮本武蔵にも月組にも興味のない人がこれを見て果たして面白いかな……?というのが正直なところでした。細切れのエピソードが次々出てくる超ダイジェスト版といった感じで、あまりいい脚色ではないように思いました。生徒さんたちの頑張りでなんとか隙間を埋めてる感じもありましたが、それでも、うーん。同じ斎藤先生の作品なら佐々木小次郎を主役にした2003年「巌流ー散りゆきし花の舞ー」のほうがなんぼか面白かったのではないか、と思いました(佐々木小次郎がスターブーツはいてタンゴ踊ってましたからね)。というか、いまこれを書きながらあの「巌流」がもう16年前、という事実に震えましたね……そんな前か……(私のヅカ歴ももうそんな……)

宝塚のスターシステム宮本武蔵をやる弊害というのかなんというのか、トップの珠城りょうが宮本武蔵、2番手の美弥るりかが佐々木小次郎、3番手の月城かなとが又八、くらいまではまあいいとして、4番手の暁千星が吉岡清十郎、5番手の風間柚乃が宍戸梅軒……となると、武蔵に立ちふさがるライバルとしての吉岡清十郎や宍戸梅軒が結構な下級生なんですよね。役の見せ方もそのポジションに応じたボリュームとなるので、もうその時点で武蔵との格の違いが明らかすぎて「圧倒的な存在感のライバル」に見えないのが、なんだかなあと思いました。まだ比較的出番のある吉岡清十郎はともかく、宍戸梅軒あたりは特に説明もなく出てきてすぐ武蔵にやられてしまうので、「やたらキャラの濃い雑魚」にしか見えなくて残念でした。おだちんの実力不足とかではなく、あれは単に本と演出の問題ですよ……。むしろああいうライバルポジションには専科さんか上級生を置くべきだったんじゃないですかね、まあそうすると路線の若手の役がなくなっちゃうので仕方ないのは解るんですけども。難しい。

しかも、ただでさえなーバスな「一番手より二番手のほうが上級生」という状況のある組で、よりによって今回で退団する美弥るりかさんに佐々木小次郎をやらせるっていうこの設定だけで正直どうなんだ、と思うのです。もちろん、この学年と番手が逆転しているからこそできる設定ともいえるのですが、一方で「二番手まで上り詰めたのにトップに就任せず劇団を去る美弥さま」と「武蔵に敗れ去る小次郎」の姿が重なってしまうではないですか……。そこはまあなんか演出でなんとかしてくれるのかな、とも思ったんですけれど、巌流島決戦もそこまで凝った演出ではなくシンプルに戦ってあっという間に終わってしまったので、なおさら無念さが募ります。戦い終えたあとの武蔵のモノローグが「虚しい……」だか「虚ろだ……」だかそんな類の言葉なんですけれど、「それは!こっちのセリフ!な!」と思ってしまいましたよね。悩みもがき苦しみながらもひとり孤独に道を前に進む武蔵、その武蔵に敗れ去る小次郎、というのをこのふたりにやらせるのは、なんというか組におけるリアルな状況をネガティブに捉えて表現してしまってる気がして、正直ちょっとしんどいものがありました。せっかくの宝塚人生の集大成である美弥様の退団公演、もっとハマり役といえる魅力的な役で見送りたかったです。グランドホテルのオットーやAfOのアラミス、BADDYのスイートハート……これまで見てきたいろんな役を超える、これぞという役を最後に見たかったんですが。珠さまのファンとしてもあの武蔵につい珠様の状況を重ねてしまいなんともいえない気持ちになったりもしましたし。正直、この演目そのものが組ファンとしてつらいところがありました。

ついでにいうと、せっかくのトップ娘役お披露目公演だというのにトップコンビが結ばれない話かあ、というのもね。いやまあ別に結ばれなくてもバッドエンドでも、娘役が魅力的な役であればなんでもいいんですが、お通も和モノにありがちな「耐え忍ぶだけのヒロイン」というやつで、あんまりキャラ的に面白みがないんですよね。正直、男をとっかえひっかえしながら逞しく生きるお甲(白雪さち花)やその義理の娘・朱実(叶羽時)たちのほうがドラマがあって、役としては魅力的に見えてしまったりしました。まあ別箱での「雨に唄えば」や「ON THE TOWN」ですでにハッピーエンドなたまさくコンビは観てるので、いいっちゃいいんですが、せっかくの大劇場でのトップコンビお披露目なのになあー、と。さきほどの美弥様の件も含めて、「なんでこのタイミングでこの演目を選んだ……」感がふつふつと湧いてきます。

ただまあそれでも、珠城りょうさん武蔵、かっこよかったですね。冒頭の獣のような荒くれ者から、場面毎に成長していく変化の表現力はさすがで、やはりこういう脚本でも隙間を埋めてねじ伏せてセンターに君臨する力が宝塚のトップに必要な力なんだなあと思ったりしました。そして一度剣の道を離れ仏像を彫る農夫になるくだりのスタイリングが大変にエモかったです。チューンダウンすればするほど隠しきれない色気、最高でした。

 

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 出典:ギャラリー | 月組公演 『夢現無双 -吉川英治原作「宮本武蔵」より-』『クルンテープ 天使の都』 | 宝塚歌劇公式ホームページ

 

さてショー「クルンテープ 天使の都」。タイをテーマにしたショーということでちょっと異色作かなとは思いますが、それでも蓋を開けてみれば「100%藤井大介!」という感じで、楽しいショーでした。見どころはやはり珠城&美弥が裸足で踊る一蓮托生の場面ですかね。トップと二番手として共に戦い支え合ってきた信頼感がにじみ出る、しっとりとした情感あふれるダンスでとても美しい場面でした。美弥様最後の公演でふたりががっつり踊る場面を作ってくれてありがとう藤井先生……と思いました。

あと好きだったのはライキンドクーンの場面ですね。月城&美園と珠城&暁の二組のカップルがクラブで出会って、珠城&美園が恋に落ちてしまう……の場面。れいこのタキシード素敵〜、ありちゃんホットパンツに網タイツの衝撃、珠様ポールダンス踊るの? えっえっなどと思ってどこを見ていいのかわからなくなってるうちにあれよあれよと展開して、ありちゃんが嫉妬のあまりふたりに銃を向けて、という「ああ宝塚のショーでよくあるやつ〜!」になって終わりました。いやここで目を離せなかったのは、やっぱりありちゃんの女装ですかね。ガートボニートもそうだったけど男役にショートヘアのまま女装させる性癖に目覚めたんでしょうか大介先生……。なんかもうドキドキするやつでした。

男役を大勢従えたアイドルっぽい美園さくらちゃんの場面もかわいくてよかったですね。たぶんここに出てた男役、下級生中心だったと思うんですけど、そこに違和感なく紛れながら可愛さとキラキラさを撒き散らす千海華蘭さん(研13)の恐ろしさよ。明らかに年齢詐称案件でした。「えっ今すごく出来上がった可愛い子いた!誰!」って、よくみるとからんさん……ということが何度かありました。そら出来上がってるわけだけど、あのきゅるっきゅるの可愛さは一体。トップさんより上級生なのにね!

中詰はもはや演出家クレジットを観なくても誰が演出かわかるラテンのお衣装。タイなのにラテンのお衣装??と思いましたがまあ藤井先生だから仕方ない(何が)。黒燕尾は開襟&腕まくり&ターバンというひとひねりで、写真みたときは正直好みではないかなーと思っていましたが、実際観るとこれはこれでアリですね、かっこいい。群舞の前に美弥様に黒燕尾着せて一曲歌わせてくれたのも本当にありがとうございます案件でした。デュエットダンスも「ディズニーアニメのプリンスとプリンセス」と言った雰囲気で、初々しくかわいらしいストーリー感があってよかったです。

 

基本的に楽しんだのですが、タイ文化をモチーフにしたことで「文化盗用」の観点で行くとこれはどうなのかな、と思う面もありました。正直私はアヴリル・ラヴィーンの「Hello Kitty」のMVが文化盗用だと話題になったときも「え、これが差別?別にいいんじゃないの?」と思ったくらいなので、正直どこからどこまでが文化盗用にあたるものなのかちょっと判断しかねているのですが。(あのMVよりハリウッド映画のインチキ日本シーンのほうがよほど失礼だゾ……と思ったりするんですが、あの辺どうなんでしょうね?)なので、タイの方がこの作品を観たときにどんな風に思うんだろう、失礼だと思われないんだろうか、という気持ちはちょっとないではないのですが。
今回のショー以外でも、宝塚でラテンショーやるときに肌を浅黒く塗るのもアレはもしかしたらマズいのではないかという気持ちもあります(肌を黒く塗って黒人を表現するのはポリコレ的にはまずいとされてますものね。『風と共に去りぬ』もそろそろもうあのままの演出では上演できないかなあ)。「宝塚という特殊文化」の閉鎖空間の中で熟成されてきたものだからスタッフ・キャストやファンにとっては違和感のないものでしょうが、あれを世界に向けて公開したときにお叱りを受けるものではないのか、と。まあそれを言い出したら突き詰めると宝塚は和モノしかできなくなるんじゃないかっていうのもあるので、どこからどこまでがOKなのかは私もわからないのですが。
日本の劇場という閉鎖空間で上演しているうちはいいのですが、台湾公演や海外LVなども始まってますし、積極的に海外公演に打って出たりインバウンドなど意識していくのであれば、このへんは社会の変化にあわせていく必要があるのかもしれないなあとちょっと思ったりしました。