三谷かぶき「月光露針路日本(つきあかりめざすふるさと)風雲児たち」@歌舞伎座

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みなもと太郎さんの漫画を三谷幸喜さんが脚色・演出して歌舞伎化、という話題作を観てきました。原作は未見です。三谷さんは2006年にPARCO歌舞伎「決闘!高田馬場」を上演していますが歌舞伎座は初挑戦ですね。PARCO歌舞伎にも出演した染五郎さん=現・幸四郎さんと、亀治郎さん=現・猿之助さんが今回も登場ということで、楽しみにしていました。

 

で、結論から言うと若干ひっかかる点はありつつも楽しかったです。江戸時代後期に漁船で遭難してアリューシャン列島に流れ着き、そこからはるばるサンクトペテルブルクまで旅をしてエカテリーナ二世に謁見、日本に帰国したという大黒屋光太夫の物語は、笑いあり涙ありの人間ドラマ。幸四郎さん・亀治郎さん・愛之助さんの主要キャストにはそれぞれたっぷりと見せ場もあり、それぞれあてがきだけあってキャラにもあってて、大変に見応えがありました。そしてなにより、光太夫一行の中の語学堪能な若者・磯吉を演じた染五郎くんの成長にびっくり。「あらーあんまり見覚えないけどきれいな役者さんがいるなあ、二十歳くらい? ずいぶん大きい役だけどどこのおうちの方でしょう」と思っていたら染五郎くんだったから驚きましたよね。あんな頼もしい好青年の役、中学生がやってるなんて思わないもの! 声変わりが終わったばかりの年齢とは思えないほどはっきりした明瞭な声だし、歌舞伎とはまた違った現代劇風の演技もちゃんとできているし、ちょっとした笑いどころもちゃんと的確におさえてて、すごいなあと思いました。(三谷さんの新聞連載によると、八嶋智人さんがそのへんはお世話してたみたいですね。さっすが!)

楽しかったし歌舞伎作品としては面白い方の部類に入るとは思うんですが、正直なことを言うと「三谷作品」のクオリティとしてはそこそこの部類、というか、もうちょっとブラッシュアップできる余地があるような気もしました。場面ごとの終盤は確かに盛り上がってはいるのですが、暗転して画面が変わるごとにまたスッと落ち着いて……という感じで展開していくので、若干単調というか、全体としてのグルーヴ感に欠けるというか。それに、いくつかの見せ場についてもどちらかというと役者の技量に頼っている部分が多い気がしていまして。それはそれでもちろん「歌舞伎俳優ならではのねじ伏せ芸」的なものは大いに堪能できたんですけれど(猿之助さん演じる庄蔵がロシアに残ることを決めた場面の「どうしよう」の台詞の切実さはすごかった……俊寛みたい……まあこれも脚本になかったセリフを猿之助さんが言ったということなのでなるほどな〜と思いましたけれど……)、正直「脚本」「演出」部分での面白さという点についてはまあ、ほどほど、という気がしました。「江戸時代に漁船で漂流して、ロシアを横断し、サンクトペテルブルクまでいって、時の皇帝に謁見して、10年かけて帰国」という大黒屋光太夫という人の史実上のエピソードが強すぎて、どうもそれをなぞってるだけで三谷さんなりの史観なり光太夫への解釈なりがいまひとつ薄味に思えたんです。いや、なんかテンション低いこと書いてますが決してつまらないわけではないんです、野田秀樹さん「研辰の討たれ」や宮藤官九郎さん×串田和美さんの「天日坊」、青木豪さん×宮城聰さんの「マハーバーラタ戦記」などの熱い熱狂を産んだ作品群に比べると、個人的にはそこまでの興奮はなかった……という感じで。

ひとつ私の気持ちをひどく冷ました場面がありまして。イルクーツクだったかヤクーツクだったかの場面で、磯吉と恋仲になったロシア女性・アグリッピーナ(高麗蔵)に対して光太夫が「あの女(のルックス)は中の下だぞ」みたいなことを言う場面があったんですよね。そりゃまあ日本人男性がロシア女性の扮装をしてるわけですから超弩級の美人にはなれないかもしれませんが、だからって「中の下」の言いようはないし、文脈的に「だから忘れてここに置いていけ」というような流れなんですよね。光太夫のキャラにとってもこの描写は良くない。そりゃあ女性を連れて行ける状況でもないしここに磯吉を置いていける場面でもない。でもせめて磯吉の気持ちは理解してあげてよ、と思うし、「顔が中の下だから」の理由で別れろはないでしょう、と思いました。しかも、ひとことだけならまあさらっと流してあまり気にしなかったかもしれませんが、しつこくこの「中の下」を表す仕草を繰り返して笑わそうとしてくるので、ここは本当にひっどい場面だな! と思いました。三谷さん的にはこの場面の息抜き、笑いどころ的な意味で描いたのかもしれませんが、もうこの令和の時代でルッキズムで笑い取るのほんとやめません? と思いましたね。年配層の多い歌舞伎座の客層的にはウケてましたけど、40代の私でも不愉快になるし、同じ年の観劇仲間もこのくだりは「今どき笑えない」とブログに書いていました。ということは、その下の20代30代はなおさらだと思うのですよ。何より、そういう価値観を14歳の染五郎さんに植え付けてほしくない!(そこ) まあそれは冗談にしても、仮にも喜劇作家を名乗るのであれば、もうちょっと笑いの質には繊細であってほしいなと思いました。昭和の喜劇ならアリの笑いだったかもしれませんが、もう平成すらも終わってるんですよ三谷さん……

長々とネガティブな思いを書いてしまいましたが、でもいいシーンもたくさんありました。ひとり、またひとりと死んでいく仲間たちの死に際はそのたびに胸に迫りましたし、犬ぞりシーンのシベリアンハスキーの可愛らしさと面白さもよかった(頭をよぎる「俺はやるぜ」「俺はやるぜ」のモノローグ)(動物のお医者さん読んだ人は絶対に犬ぞりレースを思い出したと思う)。嫌味なやつだと思っていた新蔵(愛之助)さんがロシアに残る理由が解る場面は「まあそうなんだろうな〜」とうっすら予想しつつもやっぱりぐっときますし、庄蔵が凍傷で足を悪くしたあたりからロシアに残ることになる場面へのあのへんの猿之助さんの表現力は凄まじかったです。そして一転、エカテリーナ二世へと変身して見せるあの威厳も。ちょっと精神薄弱気味なのか頭の弱そうな感じでコミカルに描かれていた小市(男女蔵)が、最後の最後で日本にたどり着く直前に死んでしまうのも泣けましたね。切なかった。ラックスマンを演じた八嶋智人さんも、アウェイなのに一瞬にして客席を味方にしてしまうあの愛嬌とテクニック、さすがです。肝が太い!(トリビ屋!) 口上役の松也さんもアドリブ対応さすがだったけど、あれしか出ないのもったいないですね。本編でがっつり芝居できなかったのはスケジュールの都合なのかしら。

ラスト、小市まで失った光太夫が海にむかって「(仲間を大勢失ったけど)俺たちは全員一緒だ」みたいな台詞をいうあたりで「ああこれレミゼのカフェソングだな〜このあと後ろに全員登場するんでしょう〜」と思いながらみていたら本当にそうだったので「ありがとうございます!」と思いました。あと船員たちがみんな口々に「伊勢に帰りたかった」といいながら死んでいくので、「大丈夫だよ!8月の納涼歌舞伎でみんなまたお伊勢参りするんでしょ?これ2ヶ月ごしの壮大な前振りなんでしょう?」と思ったりしましたね。というわけで8月の弥次喜多も楽しみにしています。猿之助さんと幸四郎さん、いまや歌舞伎界のゴールデンコンビですね!