宝塚歌劇 花組「A Fairy Tale -青い薔薇の精-/シャルム!」

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出典:ギャラリー | 宝塚歌劇公式ホームページ

 

明日海りおさんの退団公演。「A Fairy Tale -青い薔薇の精-」はイギリスを舞台にしたファンタジーもの。ある庭に住む薔薇の精が、お屋敷の女の子・シャーロットと恋に落ちる。だけど成長した彼女に忘却の粉をふりかけることができなかったがために、シャーロットは薔薇の精を忘れられず、屋敷の売却によって離れ離れになったふたりはそれぞれに切ない思いを抱えたまま。そして何年かが流れた後、その庭を訪れた植物学者のハーヴィーと出会った薔薇の精は、シャーロットを探し出すようハーヴィーに頼んで……といった物語。いかにも英国ファンタジーといったビジュアルの装置などメルヘンチックで美しく、これは好きな人はハマるだろうなーと思いました。個人的には、あのストーリーならもう少しスチームパンク味があればビジュアルが楽しいのに、惜しいな……、という感じでした。

全体的にサヨナラ公演らしいキーワードが散りばめられている脚本で、かつハッピーエンドのわかりやすいお話だったなと思いましたが、ひとことで感想を言うなら「Not For Me」だった、という感じです。作・演出が植田景子先生だった時点で予想はしていたんですけれど……。景子先生の作品は「駄作」ではないし、好きな人が多いのも知ってるんだけど、決定的に私とは「解釈違い」なんだよな……というのを再認識しました。


確かに明日海りおさんはフェアリータイプといわれてきた男役ではあるけれど、だからってなにも「男役人生の集大成」でもあるサヨナラ公演でお花の精なんてやらせなくてもなあ……というのが正直な気持ちです。これが退団公演でなければ別に「まあたまにはこういうのがあってもね」くらいの気持ちでいられましたけど。最後の最後はもうこれ以上ないほどの「ザ・男役」の役が見たかったよ、できればシンプルなスーツで、と思いました。フェアリータイプと言われたり、少年役や女性役を当てられることも多かった明日海さんが、そこから脱却するために懸命に男役芸を磨いてきたのをファンは見てきたわけじゃないですか……そして「春の雪」「金色の砂漠」みたいな複雑な性格のキャラまで演じられるようになり、花組の男役としてギラギラとショースターとして輝いて、いよいよ最後の集大成……というタイミングで、なんでよりによって「薔薇の精」なのさ……あんなひらひらのお衣裳で……という気持ちで、正直しょんぼりしてしまいました。公演概要が発表された時は退団が発表される前だったから、「あれ?この内容なら退団はしないかな?あと一作やる?」とすら思ったくらいですよ。

 

脚本も細かい所いうとねちねちねちねちつっこんでいきたくなってしまうので、もうこれ以上の感想は自粛します。あえていいところを挙げるとしたら、華優希ちゃんの老け声の演技よかったね!というくらいでしょうか。明日海さんもがんばって物語をねじふせようとする気持ちは感じましたし、ためらいがちにシャーロットにキスする場面のぎこちなさは最高に萌えましたね。

 

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出典:ギャラリー | 宝塚歌劇公式ホームページ

 

「シャルム!」は稲葉先生のショーということで安心して観てられました。稲葉先生のショーは正統派スタンダードで、中毒性には欠けるけど破たんもない、という印象です。パリの地下都市という設定からか若干暗く淫靡な雰囲気を匂わせるプロローグで、稲葉先生にしてはややダークなシーン展開かなと思いつつも、基本的には正統派のショーだったかと思います。


白眉はなんといってもクライマックスの黒燕尾ですよね……。水美舞斗さん、瀬戸かずやさん、柚香礼さんと次々に組んでふたりで踊り継いでいく場面、あれは花組ファンは泣かずにいられないやつだと思いました。柚香さんの背中を励ますようにそっと押して進むように促す振付、あれはもう千秋楽に観たら目の幅で泣くやつ……!と思いました。


前半の男役群舞のタンゴも最高にかっこよかったですね……スーツにハット、そして肩にかけたストールのなびき方……いやもうこの場面だけ繰り返して何度も観たい……と思いました。この場面のスーツといい、中詰の軍服といい、フィナーレの黒燕尾といい、宝塚の定番中の定番、「見たかった明日海りお」が詰まってて、本当にありがとう稲葉先生……と思いました。

 

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出典:ギャラリー | 宝塚歌劇公式ホームページ

 

さて11月24日の千秋楽、ラストデイのライブビューイングも観てきました。一次先行発売の時点でいつもより映画館の数が多いな、倍くらいあるのでは……と思いましたが、二次先行、一般発売と売り切れるたびに上映館がもりもり増えていく様子は壮観でしたね。私も神奈川県内の映画館を一次、二次と申込みましたが見事全滅、一般発売の先着にトライしてようやく買えたという有様でした。興収成績まだ見てないのですが、たぶん5万人くらいはLVで動員していたのではないでしょうか……(追記:最終的に6万人の動員だったそうです)*1

ラストデイのショー、いつもよりギラギラと濃厚にオラつく明日海さんに「花組の男役」としての集大成を感じました。月組時代はキラキラ系だったのが花組に来てから男臭さに磨きをかけてきた思いが、このショーに込められていたように思います。そして最後のご挨拶がもう本当に素晴らしかったですね。「後輩たちが恥ずかしい思いをしないように、退団しても清く正しく美しく生きていきます」という言葉が印象的でした。

中でも、「宝塚に、全てを捧げてきました」という言葉の重みにはっとしました。もちろんほかの生徒さんも身も心も捧げているだろうけど、明日海さんは身も心も魂すらも捧げた、という印象があります。よくある言い回しの「全てを捧げた」の持つ言葉の重みが違うというか、うっすら狂気すら感じるほどの凄みだったと思います。

月組時代からとにかく役替りが多くて(他にあんなにたくさん役替り経験したジェンヌさんいないのでは……?)、抜擢もトップ就任も早かったけれど、準トップとかいう謎のポジションとか、カラーの違う花組への組替えとか、組替えから大劇場一作だけでトップ就任とか、トップ就任二作目からの布陣が「トップ研13、二番手研9、三番手研7」とかいう若返りぶりだったりとか、とかとか、挙げてったらもうキリがないくらい「はたからみても大変そうな状況」にあったのをファンも見てきたわけです。そんな中で花組トップとして柚希礼音さんにつぐレジェンド級の在任期間をすごし、常に動員数100%超えという記録を打ち立ててきたわけで、その凄さというのは明日海さんのファンでなくても宝塚ファンの多くが感じていたことだと思われます。特に贔屓でなくても、「この日は宝塚にとっての大きなイベント」と感じてLV会場に足を運んだ人も多いのではないでしょうか。本当に、この日ほどタイムラインで「一時代の終わり」という言葉を見かけたこともなかった気がしますね。 

「こんなに男役に命をかけていては身も心も削れて最後には何もなくなるのではないかと思いましたけど、なんとか身も心もふくよかなまま……」と言ってお客さんの笑いを誘っていたけれど、トップ就任してからかなり痩せたのは明らかで、ファンもちょっと心配していたところです。退団は本当にさみしいし残念ではあるけれど、正直、明日海さんが長年のこの重責をやっと肩からおろせたことに、心からホッとしています。SNS降臨も今後の予定の発表もまだまだ先で構わないので、どうかしばらくは愛猫のおこげちゃんとのんびりした日々を過ごしてほしいと、そんなことを思いました。