宝塚歌劇宙組「FLYING SAPA」@日生劇場

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出典:日本経済新聞

上田久美子先生久々の新作!というわけでめちゃくちゃ楽しみにしておりました。

「霧深きエルベのほとり」は演出のみだったので「BADDY」以来と考えると約2年半ぶり、ショーではなく芝居でと考えると「神々の土地」以来で実に3年ぶりとなります。いやぁ待ちわびてましたよ……長かった……!

時は近未来。総統01が統治する水星では、手首につけた通信デバイス「へその緒」によって人々はわずかな日光のみで生命を維持できるようになった。そのかわりに思考をすべて監視され、他害や自害の危険な思考を持つ者は記憶を抹消されてしまう。記憶を消され今は治安維持のための兵士として働くオバク(真風涼帆)は、オバクのサポーターである公務員のタルコフ(寿つかさ)とともに自殺願望のある謎の女・ミレナ(星風まどか)の元へ向かう。しかし総統01の娘であるミレナに銃で脅され、言われるがままに3人で謎のクレーター「SAPA」に向かうこととなる。SAPAの宿屋では通信障害によりへその緒による監視を逃れた人々がたむろしていた。そこでオバクは反体制派の医者のノア(芹香斗亜)とジャーナリストのイエレナ(夢白あや)と出会うが、どうやら彼らはオバクの過去を知っているようで……と、重苦しく不穏な空気の中で展開するディストピアSF。

一幕はほぼ歌はなく、ダンスもコンテンポラリー系、上田大樹さんの映像に三宅純さんの現代音楽……と、ものすごく宝塚らしくない作品でしたね。謎の多いディストピアな世界観にスタイリッシュな演出、まるで宝塚らしさのないハードボイルドな雰囲気にワクワクしました。二幕になるとSAPAの「おへそ」にたどり着いたオバクが総統01(汝鳥伶)と対峙。ここで総統01がミレナの意識に全人類の意識データベース「ミンナ」を融合させようとすることがわかるのですが、ここで思わず「人類補完計画だ……」と思った人は多かったんじゃないでしょうか。マッドサイエンティスト的な為政者により娘(または娘の身代わりとなる少女)が狂った計画の犠牲になるのはSFものでは割と既視感のある展開のような。たいていはこの「全人類の意識」が流れ込んだ時点で器となる少女の意識は情報量の多さに耐えきれず壊れてしまうことがお約束の展開だと思うのですが、この作品では何かしれっとミンナとミレナは融合していましたね……ラストでは「人々はミンナから解放された」と言われているのでミレナがデータベースのシステムをどうにかしたんでしょうけど、この辺あまり説明がなかった気がするのでスカステ放送の際にちゃんと見てみようと思いますが。

「サーシャの両親は総統01=ブコビッチに殺されていた」とか「ブコビッチは戦争の最中に妻と娘たちを殺されていた」とか「ミレナは兵士に犯された戦災孤児で、その忌まわしい記憶をブコビッチは消して自分の娘として水星行きの船に乗せた」など次々にフラッシュバックする絶望的な過去に打ちのめされる2幕後半、「こんな絶望的な物語をどうやってたたむのか」と見ていると、ミレナは「憎しみからではなく(おそらく慈愛の心で)」総統01を撃ち殺してミンナを解放、オバクと水星の住民の半数は新たな土地を探して宇宙へ旅することになり、水星事務局長として残るはずだったミレナもイエレナの計らいによりオバクと共に宇宙へ。ノアの子を宿したイエレナは水星に残ってミレナの代わりに水星を治める……というウルトラC級のひねりをきかせた着地で、最終的にはなんとも宝塚らしい大団円のハッピーエンドに落ち着きました。さっきまでの絶望を煮詰めたようなディストピアなんだったん……なんで急に宝塚の夢々しい世界に戻ったん……? と唖然としたのが私の正直な感想でした。7〜8割までは大好きな世界観だったのですが、ラストが甘すぎてちょっと残念というか。「基本的に絶望的な物語だけど最後に一筋の希望が見えなくもない」くらいのラストに落ち着いてくれていたらめちゃくちゃ好きな作品になったのでしょうが。まあこの辺は単純に好みの問題でしょう。あまり重暗すぎるとリピーターの多い宝塚ファンは見ていて疲れてしまうので、その辺への配慮だったのかもしれません。

あと宿屋でうだうだしてたガラの悪い人々がオバクの説得でかんたんにひとつにまとまって「おへそ」を目指し始めるのも、正直いまいち釈然としない感じがあったのですが(そんなにかんたんにやる気だせるなら既にみんなへそ登頂にチャレンジできていたのでは?)、何か見落としてたセリフがあったかもしれないのでまあこの辺も後で映像で確認してみたいと思います。

SFものというとどうしても設定の新規性や斬新なアイデアなんかに期待してしまうところはありますが、後半のややベタとも言える展開を見ているとあまりそこで勝負する気はなかったのかなあという気がしました。描きたかったのは月組「BADDY」とも通じるテーマで、「悪とされるものが駆逐され全てが浄化された世界」「通信デバイスによる監視社会」みたいなものへの警鐘、「愛と憎しみは正反対のものではなく、限りなく近いところにある背中合わせの感情」というモチーフ、このあたりをそれぞれの組やトップコンビへ書き下ろす物語としてカスタマイズしたときに、月組ではコミカルでハチャメチャなショーとなり、宙組ではハードボイルドなディストピアSFになるのだなあとしみじみしました。

最初は気だるげで無気力ながらも、やがて人々を率いて進むヒーローとなるオバク役の真風涼帆さん、ハードボイルドかつスタイリッシュな役柄がまあ似合うこと。そして自殺願望があるヒロイン・ミレナ役の星風まどかちゃんもその精神バランスの危うげな雰囲気とブコビッチの最期を看取る瞬間の母性、「これぞSFのヒロイン!」という感じで最高でした。ノア役の芹香斗亜さん、落ち着いた大人の男で包容力満点でしたね。サーシャに対する愛憎でいっぱいいっぱいになってるイエレナを見守って包み込む包容力よ……もう少しそこに嫉妬混じりの激しさが見えつつも押し隠してほしかった……(どんだけ設定盛らせるつもりか)。そして目を引いたのがなんといっても夢白あやちゃんのイエレナですよ。ショートカット金髪で武器を携えて主人公と過去に何度も寝たことを匂わせる反体制派の活動家……普通宝塚だったら男役が女装してやりそうなハードな役ですけど、若手娘役でこれをこなして爪痕のこしてくれたの見てて楽しかった!次の宙組トップ娘役候補かと思いきや組み替えで雪組なんですね……いやこれは娘役を見る楽しみが増えますね。見応えありました!

そして総統01を演じた専科の汝鳥伶さん、さすがのラスボス感で最高でした。真風さんと対峙するふたりの芝居がかなり長かったですが良かったですねえ。しかし総統01がSAPAのおへそと呼ばれる場所でずっと10年以上にわたってひとりでミンナという名のサーバーを管理していたと思うと……あの瞬間ほんと「こんな場所で!たったひとりで!サーバーの保守管理を???」と思ったらなんかそれだけで気が散ってしまいましたね。いや総統の仕事、めっちゃ地味……そして大変……!みたいな……