宝塚歌劇宙組「アナスタシア」

f:id:lgmlgm:20210125134603j:plain

出典:宝塚歌劇団公式ホームページ

曲がいい! 顔がいい! 夢がある!
ということで三拍子揃った見応えのある作品でした。ロシア革命の後日談ということでちょっと暗い物語をイメージしていましたが、革命の血生臭さを感じさせる部分は最小限に抑えられ、夢のある宝塚らしい作品に仕上がっていたと思います。テーマ曲の「Jorney to the Past」のメロディの美しさが耳に残りますねえ。楽しかったです!

舞台はロマノフ王朝が革命で倒れた後のロシア。詐欺師のディミトリと落ちぶれ貴族のヴラドは、革命で一家惨殺されたロマノフ家の生き残りの末娘・アナスタシア捜索の報奨金をだまし取ろうと企て、記憶喪失の少女・アーニャをアナスタシアだとでっちあげてパリのマリア皇太后の元へ連れて行こうとする。警視副総監・グレブの執拗な追跡を逃れながらパリへ向かう3人。そうするうちアーニャは少しずつ記憶を取り戻し、ディミトリはアーニャが本物のアナスタシアだと確信する。ヴラドはマリア皇太后に仕える元恋人のリリーのつてを頼ってアーニャとマリア皇太后を引き合わせるものの、さんざん偽物に騙されてきたマリアはアーニャを拒絶。アーニャはディミトリたちに失望して荷物をまとめ出ていこうとするが、そこへマリア皇太后がやってきて……という展開。

ストーリーとしてはややツッコミどころもないわけではないし、せめてグレブのキャラとアーニャへの気持ちはもうちょっと書き込んであげてと言いたくなる感じでしたが、それでもとにかくディズニーアニメ風味の美しくキャッチーなメロディとアレンジが耳に楽しく、「ああ曲がいいミュージカルって最高だなあ」とそんな気持ちになりました。曲の良さが七難隠して気持ちよくねじ伏せてくれる作品でした。ラストも「アーニャは本物のアナスタシアだったけど、マリア皇太后もそれを認めつつ『無かったこと』にして、アーニャはディミトリと行くことを選ぶ」という史実的にも物語的にも四方丸く収まるラストで、「ああこれは良い宝塚を見たなあ」と思いました。2階席から見ていたのでちょっと視界が遮られる部分はありましたが、一階席から見てたらあの映像も効果的だったんだろうなあ。

主人公のディミトリは冒頭でこそスリを働いたり詐欺を企てたりと小悪党ではありますが、後半はすっかりいい人になって最終的にマリア皇太后からの報奨金を受け取らず「寄付でもしろ」と言ってのけるほど。「ラプンツェル」のユージーン、「ズートピア」のニックのようなポジションですかね。最初は小悪党だけど最終的にヒロインを助ける善人キャラというか。まあこんな女子が大好きなキャラ設定を真風涼帆さんがやったらそらかっこいいわ!アホか!惚れてまうやろー!と逆ギレしたくなるほどのかっこよさでした。前半のサンクトペテルブルクではやや地味な装いながらも後半のパリではスーツにハット、そして黒タキシードと宝塚の定番お衣装も見られてほんと眼福ですね。今回のための描き下ろしソロ曲「She Walk in」もメロディアスでいい曲でしたねえ。うっとり。

タイトルロールを演じるのは星風まどかちゃん、記憶を失いながらもひたむきに生きるヒロインを気持ちよく演じていました。等身大の女の子でありつつも高貴な生まれの美しさと芯の強さがあってとてもお似合いでした。ああーこの真風&星風コンビがこれで見納めだなんて! 専科に異動ということはおそらく花組月組の次期トップ娘役にスライド予定なんでしょうからまあ今後も活躍を観ることはできるわけですが、それにしても真風さんとお似合いすぎて、ちょっと心の切り替えが難しそうな気がしていますよ……

グレブ役の芹香斗亜さん、レミゼでいうところのジャベール、スカピンでいうところのショーヴランといったようなヴィラン的ポジションで、軍服姿も素敵なんですけど。ただアーニャ以外とはあんまり絡みがないので男役同士の芝居をもうちょっと見たかった気がしますよね。そういう意味では3番手の桜木みなとさん演じるヴラドのほうが今回は美味しかったような? 愛嬌たっぷりのヒゲおじさんで可愛かったです。4番手・和希そらさんは今回は女装でリリー役。いかにも男役が演じる女性役という感じの強いタイプの女性ですがお似合いでした。

宝塚作品としては少し5番手以下の男役や二番手以下の娘役の見せ場が乏しいのが惜しい、という感じではあるのですが。とはいえこの楽曲の良さ、豪華でロマンティックな夢のあるストーリー、これはまたひとつ「安心してご新規さんを連れていける大作ミュージカル」が登場したなと思いました。悪夢を見たアーニャのもとへディミトリが駆けつけた後のベッドの上のふたりのシーン、そのままコトに及んでもおかしくない場面なのに、ディミトリが跪いて挨拶しちゃう流れがなんとも純情で切なく、もどかしくもロマンティックで「あああああああ」と萌え転がりたくなりました(マスクの下で唇かんで天を仰ぎました)。いやー時間とお金が許すならあと2、3回は観たいな! またいずれ折を見て再演されるでしょうから、別の配役で観られることを楽しみにしたいと思います。梅芸版もコロナのすったもんだで見損ねてしまったので、そちらも再演を待ちたいですね。

    *    *    *

しかしロシア革命前夜を描いた宙組「神々の土地〜ロマノフたちの黄昏〜」(2017)を見た後でこの作品を見ると「うわあ……あのユスポフ宮殿があんなことに……」みたいな気持ちになりますね……「華やかな王家がどうしてこんなことになってしまったのか」の理解は進みますが。「アナスタシアを見る前に一応予習しておくか」と思ってロマノフ家の処刑wikipediaも読んでいたので「下着に宝石を縫い付けて隠し持っていた」のくだりで思わず「ウッ……」と思ってしまいました。wikipediaアナスタシアの頁も処刑のくだりが丁寧に書いてあるので「う……うわあぁ……」となりますので、この舞台を見て夢々しい話で終わらせたい方はあまり深堀りしないことをおすすめします。このアナスタシアの物語は、スカーレット・ピンパーネル宝塚版におけるルイ17世のエピソードみたいなものですね。あまりに悲惨な最後だったために夢のある物語を付与されたというか……。

 

www.youtube.com

www.youtube.com