宝塚花組「ポーの一族」@宝塚大劇場


出典:宝塚歌劇団公式サイト

見て下さいこのビジュアル。そう、演目の発表の時からもう大騒ぎでしたね。なにせ少女漫画の名作、あの萩尾望都の「ポーの一族」を宝塚で、しかも明日海りお主演でっていうんだから、もう! 普段は宝塚に興味がない層からも「ポーの一族なら観たい……」というツイートがごんごん流れてくるわ、ポスタービジュアルの予想以上の完成度に騒然となるわ、チケットは予想通りになかなか取れないわで、もはやTwitterのタイムラインは祭りの様相でした。どうしても帰省先の兵庫で正月に観たい、と友人にもお願いして回って14口も申し込んだうちどうにかこうにか確保した唯一のチケットを発券したら「1階2列1番」! ギャー! この席知ってる! 花組エリザの時もここだったの、そこのブロック1列目がないからはじっこだけど実質『最前列』なの、知ってる! とローソンのレジで変な声が出そうになるのをどうにかこらえながら震える手でチケットを受け取りました。開演前は文字通り「逝ってらっしゃい」「逝ってきます」の挨拶をヅカ友とLINEで交わして開演を待ちました。


出典:神戸新聞NEXT萩尾望都ポーの一族」1巻

なんというか、ただただもう、完全にこのビジュアルの勝利、という一点に尽きます。
トップスター・明日海りおのエドガーをはじめ、娘役トップ仙名彩世のシーラ・ポーツネル、男役二番手の柚香光のアラン、華優希のメリーベル、瀬戸かずやのポーツネル男爵……もう出て来る人出て来る人が完全に二次元。宝塚ではまあ通常営業っちゃ通常営業なんですが、それでもこのクオリティには改めて「宝塚ってスゴイな!」とヅカオタですら改めて感心してしまいますね。エドガーが生きる長い時間をその時代時代にあわせて衣装も次々と変わっていくので、とにかく目に華やか! 衣装部さんの労力をちょっと思いつつも惚れ惚れと見とれてしまいます。そしてなんといってもこの明日海さんのエドガー。毛穴まで見えそうな最前列で見ていてもなお、「CGかな?」と思うほどの美。写真ならいくらでも補正できますがリアルに動いていてもあの写真の通りで、どの角度から見ても何ら遜色が無いという。ただただため息の漏れるような絵面の美しさでした。


そしてもはや「構想30年の本気」というよりは「執念」すら感じさせる小池先生の原作愛。場面が変わるたびにもう絵面だけで「あっコレは原作のあの場面」と気づくくらいに原作を丁寧に再現。まあさすがに舞台でできることにも限界があるので「馬でアランが登場してエドガーとぶつかる」とかは「すれ違いざまにぶつかる」くらいに変更されていますけど、あれ「どうにかして馬出せないかな?」くらいは考えたんじゃないかと思うんですよね。特に「原作愛!」と思ったのはエドガーがメリーベルに作ってあげる水車が原作にほんのちょっと出てくるモノとそっくりだったことですね。他にも場面展開に応じてあちこち改編されている部分はありますし、降霊会のシーンなどオリジナル要素もありますが、概ね「メリーベルと銀のばら」「ポーの一族」のエピソードを中心に構成していました。

この水車が完全再現↓

出典:萩尾望都ポーの一族」2巻「メリーベルと銀のばら」より



出典:萩尾望都ポーの一族」1巻
このコマの詞がそのままメインテーマの歌詞になっていました。他にも原作中のモノローグが歌詞にそのまま使われている箇所がいくつか。いやー原作愛!


原作の「ランプトンは語る」のエピソードのように、マルグリット・ヘッセンやドン・マーシャルたちが出会って「バンパネラ」の存在した過去の記録を追っていく、という大枠がまずあり、その中でエドガーがバンパネラになりメリーベルをつれていくまでの「メリーベルと銀のばら」、それに続いてポーツネル夫妻と家族になって旅をしている中でアランと出会う「ポーの一族」のエピソードが語られる、という展開でした。「小鳥の巣」のエピソードが無いのは残念でしたが、細かいエピソードはとりはらってこの二作をメインにした構成は原作ファンも納得の展開だったのではないでしょうか。メインのエピソードは時系列順に進むのでそんなに混乱することは無いです。ただオズワルドやユーシスのエピソードのあたりはがっさり短縮されてるので、ものすごく唐突に「メリーベルとオズワルドが実の兄弟」みたいな情報が出て来るのはちょっと混乱するかもしれません。説明が一瞬なので「えっオズワルドとユーシスも兄弟でしょ」「ん??メリーベルエドガーとオズワルドとユーシスが兄弟???」みたいに混乱しちゃいますね。その後の物語に影響はないんですけど、この辺はちょっと原作読んでないとわかりにくいかなーと思いました。オズワルドとユーシスの物語はもうちょっと観たかったですが、この辺もたぶん小池先生は断腸の思いで切り落としたのでしょう。

まあそんなこんなで「あのシーンが無い〜」という細かい不満はあるにはありますが、脚本的にはうまくまとめたな!というのがまあ第一印象です。何より原作ラストにある「エディス」のエピソードには触れずにドイツのギムナジウムにいるエドガーとアランの場面で終わりにして「ふたりは今も永遠の時間を生きている」という印象にしたのが実に宝塚的といいますか、夢のある終わり方だったんじゃないかな、と。(原作エディスのラストについてもふたりの行方については解釈が別れるところだとは思いますが、あのエドガーの走馬灯演出はふたりが消滅したことを表しているんじゃないかという気がしてなりません……)


セントウィンザーの制服もこの再現度! 出典:デイリースポーツ萩尾望都ポーの一族」1巻

そしてまあ明日海りおさんのエドガーがね……もう……完全にエドガー。ポスタービジュアルの時点でもう仕上がってる感はありましたけど、いやー。もともと演技も歌もかなり上手い方でしたけど、それ以上に華やかさが前面に出てしまうほど強く印象に残る「美」。もうその美を存分に自覚して凶器として使いこなした感じのエドガーでございましたよ。「哀しみのバンパネラ」歌い上げるシーンはもう、最っ高、ですね。ザ・耽美! 柚香光さんはやっぱり「はいからさんが通る」の少尉役がすごく包容力あって良かっただけに、少年役を見ると「子どもを演じてる」感がまだちょっと残っちゃう気がしますが、それでもやっぱりあの美しさは武器ですよねー。エドガーとアランが絡む絵面はもうそれだけでなんというか、控えめに言って最高でしたし、生意気ボーイな場面も可愛くて笑っちゃいました。ラストのギムナジウムの場面で見せた冷たい一瞥がすごく萌えたので(端っこの席だから見えた表情だと思うので映像に残らないかも)、やっぱり「小鳥の巣」とかバンパネラになった後のアランも観たかったなーと。シーラの仙名彩世さん、メリーベルの華優希ちゃん、ふたりとも原作再現力としては下手すりゃエドガー以上では? と思うほど絵でしたね! ふたりとも本当に良かったです。メリーベルの死に際の叫び声、良かったなあー。華ちゃんははいからさんの紅緒も良かったし、本当に将来が楽しみな娘役さんです。あとね! クリフォード役のちなつ(鳳月杏)さん! かっこいい! 脚長い! 好き! (ただ思いを叫ぶだけの頭悪い状態になってきました)




※ここから先は少々ネタバレもありますのでご注意くださいね



出典:デイリースポーツ「宝塚フォト」

演出面は、もう、「ザ・小池修一郎!」という感じでした。盆をぐるぐる回しながら暗転無しでスピーディに展開、人海戦術で情報量の多い舞台、濃厚にエロス漂う吸血シーン、ええ好きです。大好きです。でもね! でもね少しだけ不満はある! エドガーがバンパネラになった後、苦悩を歌い上げる場面になると、わらわらわらわらっと白シャツ半ズボン巻き毛の少年たち、つまりエドガーのコピーが8人も登場してエドガーの後ろで舞い踊ることですよ! もう! あまりに唐突なエドガーダンサーズの登場に笑いをこらえるのに必死で、腹筋が壊れるかと思いました。いや知ってる、それが宝塚の様式美である抽象ダンサーであることは知ってる! でもさー! なんでエドガーが分身すんねんー! 「エリザベート」でもトート閣下のコピーである黒天使(=トートダンサーズ)の8人がことあるごとに舞い踊りますが、あれはまだ「トート閣下とその下僕たち」という関係性があるじゃないですか(といいつつ初めて観た時は笑いを堪えて死にそうになりました)。この「エドガーの影」はエドガーが分身の術を使ったようにしか見えないじゃないですかー。で、しかもこれ演じてるのが「舞月なぎさ、優波慧、千幸あき、紅羽真希、飛龍つかさ、亜蓮冬馬、聖乃あすか、芹尚英」とわりと花組注目の若手たちなんですけれど、それでもやっぱり本体のエドガーの美が別格すぎるだけに同じ格好同じメイクしても劣化コピー感が否めないんですよね……。なんかもうそっちが気になっちゃって本体のエドガーに意識が集中できなくて! つらい! これほんと一気にエドガーへの感情移入が四散したんで、次にリピートする時はなんとか明日海エドガーに集中したいですっ。あと他にも「あっこの場面はエリザベートのアレに似てるな……?」みたいなのがチラホラ出てくるんですよね。完全に闇が広がってたとこもあった気がしますし。あと二幕で登場するセントウィンザーの塔のセット、あれAll For Oneの時も観たような気がしますが気のせいですかね。さらにクライマックスでエドガーがアランを連れて行く場面(上の写真)の巨大クレーン、ヅカファンは誰もが「ベルばらのアレだ……!」って思っちゃったと思うんですよね。あのクレーン出て来る時にガタガタ揺れてしまうんでちょっと興がそがれるというか。本当はあの場面ワイヤーで吊って空飛ばしたかったんじゃないかなーという気もしますけど、そういえば宝塚でフライングってあんまり観たこと無いような? 機構の問題ですかねー。まあかなり高く上がるので二階席の方は嬉しいと思うんですけれど、クライマックスであの演出は……なあ……。

まあこの2点については「イケコめ……やりやがったな……!」と正直思いましたけれど(失礼)、でも舞台化としてはほぼ大成功と言って良いのではないでしょうか! 細部までこだわり抜いた演出、あふれんばかりの原作愛、そしてシーラをトップ娘役、メリーベルを若手の華優希ちゃんにしながらもうまくバランスをとったことを始め、ちゃんとうまいこと適材適所に生徒全員を配置して見せ場を作ってあげたこと、ほんとこういうところ座付き作家の仕事だな!と思いますし。原作でほとんどモブキャラだったから心配していた水美舞斗さんのバイク・ブラウンもそれなりに出番も歌もありましたものね。そして本編が終わった途端に役柄の枠が外れて唐突に大人の男になってオラオラとオラつきはじめる花男たちのショーにヅカオタ歓喜ですよ。ピンクの衣装で大階段に座り娘役に囲まれてる明日海さんのカッコよさ、なんかもう変な声が漏れそうでした。いやごめんなさい漏れました。男役群舞の「ザ・花組」感、やーたまんないですね。挑発的なデュエットダンスもカッコ良かった……。まあ定番っちゃ定番の構成のショーなんですけど、花組の魅力が短時間に凝縮されていて濃度高すぎてちょっと血圧上がった気がします。あれ目線の来る正面席で観てたらもう息してないですね、間違いない。



最後に、ここからは余談なんですけどね。
ポーの一族」って萩尾先生がずっと舞台化を断って来たって聞いてて「やっぱり思い入れある作品はそうそう舞台化許可できないのかなー」って思ってたんですけど、パンフレットの萩尾先生・小池先生の文章や記者会見の時の話を総合すると、「1985年、当時駆け出しの演出家だった小池先生が偶然カフェで萩尾先生と出会い、名刺とたまたまその時持っていた花束のバラを渡して『いつか宝塚でポーの一族を上演したい』と伝え、その時から交流があり小池先生の作品を萩尾先生はずっと見ている」「小池先生は宝塚にはポーの題材が上演しにくい形態だと気づきしばらく封印していた」「その間も萩尾先生の元には何度か舞台化の話がもちかけられたが『(口約束だけど)他にお約束してる方がいるので』と断り続けた」「数年前に萩尾先生のほうから小池先生に『そろそろポーをやっていただけません?』と言い、再検討した小池先生は『今なら行ける』と判断し上演に至る」という流れがあったようで。「舞台化を一切断ってきた」じゃなくて「小池演出以外の舞台化はお断りしてきた」ってことだったんですね。それってさあ、まるで「若気の至りで男がしたプロポーズを娘さんはずっと覚えていて、他からの求婚を断り続けて30年待ち、なかなか結婚してくれない男に逆プロポーズした」みたいな話じゃないの?ってちょっと思いましたよね(少女漫画脳)。