宝塚花組「CASANOVA」@東京宝塚劇場

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出典:ギャラリー | 花組公演 『CASANOVA』 | 宝塚歌劇公式ホームページ

 

娘役トップ・仙名彩世ちゃんの退団公演、さらに生田大和先生大劇場作品初の一本物(近年では小池先生しかオリジナルの一本物やってませんからこれはだいぶ異例というか珍しいこと)、しかも音楽は全編「1789」のドーヴ・アチア氏が手がけるということで、組ファンだけでなく宝塚ファン的にはチケット発売前から色々と注目度の高い公演でした。まあチケットの取れないこと取れないこと。娘役トップ退団でこの状態では、次に控えている明日海りおさんの退団公演のチケットが心配になる有り様です。

 

さてその「CASANOVA」。祝祭喜歌劇と銘打ってるだけあって、華やかかつ賑やかな内容でした。生田先生といえば「春の雪」「ドン・ジュアン」「ひかりふる路」など暗めの作品が印象的な作家ですが、今回はこのへんのこじらせ系文芸作品やこじらせ系歴史劇(←乱暴な要約)に比べると、かなり明るくハッピーなお話だったかと思います。トップスターを光り輝かせ、花組の組子にくまなく見せ場を与えて、娘役ヒロインのサヨナラ公演に相応しい役を書き下ろし、全編をポップな音楽で彩って大人数の配置にも心を配り、宝塚らしい華やかでハッピーな芝居に仕立てる……と、座付き作家としては文句のつけようのないお仕事だったと思います。全体的にシェイクスピア喜劇っぽい鷹揚さもあり、群舞や大人数の場面が多く、飽きさせない演出ですし、組ファンなら目がとても足りなくてリピートできる作品だなと思いました。小池先生の影響の大きさもあちこちに見えますが、これだけ大人数の演出を大劇場できちっとキメてくれる比較的若い先生がいるというのは、今後の宝塚的にはたいへん心強い感じがします。

とはいえ、宝塚ファン以外の演劇ファンにオススメするには物足りなさもありました。脚本としては正直少々薄味な感じは否めなく、もう少し(特に前半に)ストーリーの大きな展開が一山二山欲しい、という気はしましたし、ラストが急に無理やりハッピーエンドに雪崩込ませた感もあります。「ひかりふる路」のときは「ストーリーが駆け足すぎるので一本物でじっくり観たい」感がありましたが、今回のカサノバは「がんばればこれ一時間半の芝居に詰め込めるんじゃないの?」というのが正直な感想ではあります。総じて、「宝塚ファンとしては絶賛できる、演劇ファンとしてはやや物足りない」というのが私の個人的な印象でした。

 

物語は「女をとっかえひっかえしてきた稀代の色男が、ひとりの女に恋をする」という一行あらすじで言えば「ドン・ジュアン」とまるかぶりなのですが、ドンジュアンはひたすらダークサイドに落ち、カサノバはひたすらサニーサイドを往く、そんな印象の展開でした。カサノバ(明日海りお)はヴェネツィアの風紀を見出した罪でコンデュルメル(柚香光)から懲役626年の刑を言い渡されて投獄、しかし同部屋のバルビ神父(水美舞斗)を言いくるめてふたりで脱走。カサノバを追い詰めるジャベール的役割のコンデュルメルは権力を得るためにベアトリーチェ(仙名彩世)を有力な商人のコンスタンティーノ(瀬戸かずや)に嫁がせようと画策する一方、夫の愛を得られず淋しさの余り黒魔術にハマってしまった妻(鳳月杏)との関係に手こずっている。さてカーニバルの中を逃亡するカサノバと、街へおしのびで遊びに出ていたベアトリーチェは偶然出会い運命の恋に落ちるが、ふたりははたして結ばれるのか……というのが主なあらすじ。コンデュルメルの元愛人でカサノバの恋人のひとりだったゾルチ夫人(花野じゅりあ)がコンデュルメル夫人に監禁される、などのすったもんだがあって、そこへやって来たコンスタンティーノがたまたま惚れ薬を飲んだばっかりにゾルチ夫人と恋に落ちたり、カサノバのお供だったバルビ神父はベアトリーチェの侍女・ダニエラ(桜咲彩花)といい雰囲気になったり、コンデュルメルもなんやかやで夫人と仲直りしたり、と最終的にトップコンビ含む4組の恋人が出来上がるというおめでたい展開でありました(強引とも言う)。

 

まあなんといってもですね、明日海りおさん演じるカサノバのスターオーラがほんと半端ないです。毎夜毎晩2千人以上の観客を魅了してるスターですから、「千人の女を抱いた男」と言う触れ込みになんの疑問もわかない。あのほっそい身体のどこにそんなパワーが、と思うほどの圧倒的キラキラ感と視線吸引力。「ダメだ、逃げても逃げても女が追ってくる」のセリフに笑ってしまうけれど、私も「カサノバ……カサノバ……」とささやきながら床を這いずり回りたいし、バラの花弁を橋の上から散らされて「は〜〜ん♥」とかいいながらクラクラ倒れたい。カサノバに見惚れるモブ女性のひとりになって、ウインクひとつだけ被弾して気絶してそれを生涯の思い出にして記憶を抱きしめて生きていたい、そんなふうに思いました。どの角度から見ても絵になる完璧な「美」そのもので、もはや誰が見ても紛うことなきトップオブトップだなあ、と。どうでもいいんですがカジノの場面で男装の麗人・アンリエット(城妃美伶)ちゃんと暗がりでいちゃついてる場面がめちゃめちゃドエロくて、Blue-rayではあそこのスターアングル欲しいなぁ〜と思いました。

 

そしてヒロイン・仙名彩世ちゃん。ヒロイン就任学年が比較的高めで遅咲きと言われますが、本当に実力派の娘役だっただけに退団が惜しまれます。せめてもう一作くらい見たかった……。邪馬台国メサイアもちょっと辛抱型のおとなしいヒロインだったし、ポーの一族のシーラはハマり役で素敵だったけど主人公の相手役ではないし、で、ようやく今回で主人公とがっつり芝居ができる素敵なヒロイン役を演じることができたなあ、という印象でした。本当はセンターに立ってもっとはっちゃけた役も演じられる女優さんなんだろうなあと思うけれど、最後まで前に出すぎず、「宝塚の娘役」、トップ男役を立てる寄り添い系ヒロインを全うした、という印象です。でも、それも、自分を抑え我慢してそのポジションにいるというよりは「それが宝塚作品のため」「相手役のため」と信じてあえて信念を貫いているような潔さを感じました。退団したらもっと自由に自分の魅力をさらけ出せるお役を演じることができたらいいなあ、と思います。

 

コンデュルメル演じる二番手の柚香さん、憎々しい敵役だけどマントさばきが見事でかっこいい。従者とハケていくところの動きがマンガっぽくておかしかったり、ところどころ抜けてるところもあって最終的に憎めなかったり。コンデュルメル夫人相手に素直になりきれないところとかもうみんな「お前が!飲めよ!カサノバ薬を!」と思いましたよね。
これまでずっとダンディ担当だと思っていた瀬戸かずやさん、今回も悪巧み系の脇固めポジション……かと思いきや、終盤惚れ薬でゾルチ夫人にメロメロになってからの芝居、めっちゃ可愛かったですね。なんか「蘭陵王」の高緯もインパクトの強い役だったようですが、ここしばらくずっとダンディ担当のイケオジで来て、研16のここへ来ていきなり「かわいい成分」をアンロックして大解放してくるの卑怯じゃないですかね?? 可愛すぎて好きになってしまう。ずるい。

 

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出典:ギャラリー | 花組公演 『CASANOVA』 | 宝塚歌劇公式ホームページ

 

そんで! ちなつ(鳳月杏)さん! ですよ! コンデュルメル夫人! なにあれ!(いきなり鼻息荒くなってすみませんが観た人ならわかってくれると思う)男役にがっつりスリットの入ったセクシードレス着せて網タイツのおみ足見せて、生田先生は私たちをどうしようと言うのか! 超セクシーなヴォーギングをキメながら「見つめて触れて抱きしめて 狂ってしまいそうよ」とハイトーンで歌うあのコンデュルメル夫人のソロ、かっこよすぎて「キェー!今のサビあと10回巻き戻しさせて!」と思いましたよね。女声の歌も上手い! かっこいい! 好き!(思ったことを何も考えずに垂れ流すスタイル) コンデュルメル夫人は「黒蜥蜴」の緑川夫人のイメージで、という生田先生の演技指導があったそうで、なんならもういっそそれが観たいよ、と思いました。
いやもうなんというか……好きな男役の演じる女役ってまあ正直ファンにとってはあんまり美味しくなかったりもするんですけれど、「これはこれで……アリ……アリよりのアリ……」と思いました。しかしこの比較的能天気なストーリー展開の中、ひとりだけ生田先生作品におなじみのこじらせ成分を煮詰めて煮こごりみたいにされてしまったコンデュルメル夫人は本当に可哀想というかなんというか。あの部屋のセットだけほんと中二病こじらせて煮固めた魔空間でしたよね。黒魔術にハマって、毒々しい部屋に住んでて、トラの剥製はあるしゴスい猫耳の下僕たちはいるし、「カサノバを剥製にしてここに飾りたい」とか言い出すし、夫の元愛人を監禁するし、最終的に自家製の毒飲んで自殺騒ぎだし……というなんとも迷惑でメンヘラな人物なんですけど、一貫して「夫に振り向いてもらえない」悲しみがにじみ出ていて嫌いになれないというね。ほんとコンデュルメル! お前のせいやぞ! 俺たちのちなつさん泣かしてんじゃねえよ! と柚香さん出てくるたびにジト目で見てしまいそう(役と中の人が脳内で大混乱)。
まあただちなつさんも今回で組替えだと思うともう少し主人公の明日海さんと絡む役であってほしかったし、花男としての男役の晴れ姿を見たかったよ……という気持ちもなくはないのですが、まあ生田先生も組替えのこと知らされずに脚本かきあげちゃったらしいのでこれは仕方ないっちゃ仕方ないですね……なんだかんだ言いつつも、コンデュルメル夫人役もおいしくいただきました。ありがとうございます。

 

ドーヴ・アチアさんの楽曲はキャッチーでちょっと歌謡曲ノリなテイストですね。フランク・ワイルドホーンさんのはもっと「ザ・ミュージカル!」って感じなんですけど、カサノバの楽曲はちょっとJ-POPや歌謡曲のベタさがあって、宝塚の様式美にはめちゃくちゃハマるなと思いました。