宝塚月組『DEATH TAKES A HOLIDAY』@東急シアターオーブ

出典:https://kageki.hankyu.co.jp/revue/2023/deathtakesaholiday/index.html

 

いやーーー楽しかった、とても美しい作品でした。

「死神と人間の恋」というどこかで聴いた設定、というか、もはやミュオタ兼ヅカオタの身では親の顔より見た感のある設定のオブブロードウェイ作品。第一次世界大戦スペイン風邪パンデミックの後、という「多くの人が死んだ時代」に生きることを謳歌する人々の人間讃歌、親友や息子など大切な人を失った人々の思い、が美しいメロディにのせて群像劇的に歌われるので「ああ、これは死神とヒロインは結ばれずに終わる切ない悲恋なんだろうなー」と思いながら見ていたら、最後にあまりにもあっさりとヒロインが死を選ぶのでびっくりしました。

ただまあロマンス至上主義の宝塚だからトップコンビの恋が成就することはすべてに優先しても構わないので、「宝塚だからヨシ!トップコンビのハッピーエンドだからヨシ!」みたいな気持ちでニコニコで終わりましたが、正直宝塚以外のとこでこのストーリー展開みたら「ハァ⁉︎」「ちゃぶ台ひっくり返しすぎでは?」という気持ちになっただろうな…とも思いました。

まあそれはそれとしてモーリー・イエストンのメロディがまあ美しいこと!そして月組キャストも相当に歌い込んで頑張ったんだろうな…という感じでみんな歌が上手い!特にヒロインの海乃さん、どちらかといえばダンスの人で歌うまのイメージ正直あんまりなかったんですが、すごい上手くなってましたね…! サーキ王子を誘惑する白河りりちゃんアリスのパンチの聴いた歌声ががっちり聴けたのも嬉しかったし、夢奈瑠音さんエリック少佐の親友を失った瞬間の戦闘を描写する大ナンバーもすごかった。そしてなんといっても白雪さち花さん公爵夫人の息子を失った悲しみを歌い上げるナンバーがまあ聴かせること!どれも聞き応えがあって満足しました……。

一見、ストーリーとしては「エリザベート とファントムと美女と野獣」の既視感が強いのですが、不思議と一番印象の近い作品はモーリー・イエストンの「NINE」だったりします。グイドがさまざまな女性との関係性の中で愛を探していくNINE、死神がさまざまな人間の愛や死のエピソードを聞いて「生きるとは何か」を見つけようとするこの作品。2020年版のNINEと同じようにセットの盆の上に建てた高い壁を大胆に回す美術も印象が近かったからかもしれません。正直後半は特にストーリーそのものは停滞していてそれぞれの思いや感情を歌で聴かせる展開になっていくので、ストーリーを追って舞台を見るタイプの観客にはやや退屈な作りかもしれないなと思いました。ただとにかくメロディラインがキレイなのと暗転無しで場面転換を見せていく演出で割りと飽きずに見られたと思います。生田先生はこういうやや観念的ともいえる脚本をうまく宝塚に落とし込んでくれるなあと思いました。こうしてみるとドンジュアンも割と似たような構造だったなあと思いつつ。

月城さんの死神、前半はコミカルに喜びいっぱいの表情を見せつつ、後半は葛藤する細やかな心情を表情でみせてくれるあたり、さすがの芝居心。歌もうまくて聴かせます。「愛する」という感情を知ってグラツィアを連れていきたい気持ち、だけど周囲の人々の思いも知って「死ぬということ」の意味を思い知らされた死神の葛藤。グラツィアが幸せいっぱいに「私は世界一幸せな女よ」とうっとりするのを抱きしめながら、「僕は世界一、自分勝手な男だ」とつぶやくあの表情!月城さんの芝居の上手さってほんとうにあの表情に込められた情報量の多さというか複雑な感情の解像度の高さだと思うんですが、この瞬間のなんとも言えない表情が本当に素晴らしかったです。

そしてラストシーンの死神最終形態の美しさ、本当に「これぞ宝塚!」という感じでしたね。白装束で迎える死の昇天シーンなんて宝塚ではもう死ぬほど描き尽くされてきた演出ですが、月城さんのビジュアルの美しさにはもう本当に息を飲みましたし(SNSで相当イケ散らかしてるとは聴いていたのであえてタカラヅカニュースの映像を見ずに舞台で初見を迎えた甲斐がありました)、螺旋階段のセットを登っていく演出の美しさも良かった、それにこの場面でも月城さんのなんとも言えない表情が良かったです。死後とはいえついに結ばれた喜びに満面の笑顔で迎えがちな場面ですが、月城さんの死神は最後に笑顔は見せず、グラツィアの家族を思っているのかどこか寂しそうな、だけどグラツィアの思いも受け止めて噛みしめるような、解釈を観客に委ねるようなそんななんともいえない表情をしていましてね。なんかもうラスト見るたびに「芝居がうまい…表情の解像度が高い…」と唸らされておりました。

がっつり3時間上演して宝塚ならではのフィナーレのショーは無しの構成でした。たいてい宝塚だと誰かのナンバー削ってショーが付きそうなもんですが、生田先生のこだわりですかね。ドン・ジュアンのときもそうでしたが今回もショーはなしでがっつり本編見せる感じでした。主演コンビ以外は群像劇に近い構成でそういう意味ではあまり宝塚らしくないタイプの構成ではありましたが、とても見応えがあってとにかく美しい舞台でした! 大好き!

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あと箇条書きで覚書いくつか。ただのメモです。

・MVPはなんといっても執事フィデレを演じたやすくん佳城葵さんですね。ややもすると退屈になりそうな芝居をコミカルな芝居でもりたててくれました。ギャツビーの新聞記者の時も思ったけど本当にちょっとした芝居がうまい…!

・シアターオーブには盆がないのに「盆がないなら作ればいいじゃない!」「せっかく盆作ったんだから回さないともったいないじゃない!」とやたら盆が回る演出でしたね。

・冒頭の車のシーン、SNSで「歌うましか乗れない車」と書かれていたのがほんとツボでした。確かに歌ウマしか乗ってない。

youtu.be・車で事故って倒れたグラツィアと死神が出会うの、もう今にも「愛と死の輪舞曲」が聴こえてきそう…既視感…!

・死神形態の衣装はペストマスク付けた鳥みたいなイメージでせっかくの顔隠してましたね。トップスターの顔を冒頭20分くらい見せなかったような…。なんかもう人を殺す仕事に疲れて自分探しをはじめてしまったトート閣下という感じでちょっとおもしろかったです。

・ロシアの王子形態で現れて「もう握手しても大丈夫だッ(ウィンク)」のサーキ王子めっちゃ可愛かったですね…

・翌朝の「Alive!」かわいくて大好きなナンバーです。目玉焼きにはしゃいでベッドの上でびょんびょん跳ねながら「もっと早く休暇を取ればよかった」とウキウキする死神王子のなんとまあかわいいこと。

youtu.be・音楽室でサーキ王子を誘惑するりりちゃんアリスのナンバーShimmy Like They Do In Paree、パンチがきいてて大好きです。タップダンスでショーアップするのもいかにもミュージカルらしくて楽しい。そしてそれまで戸惑っていたのにりりちゃんの誘いにのって「じゃあ、楽しもう…今を」と突然スイッチが入るサーキ王子のオスの顔…!4列目下手席で見てたらキス顔ががっつり見えて死ぬかと思いました。

youtu.be・親友の飛行機での死を歌う夢奈瑠音さんエリックの大ナンバーRoberto's Eyes本当にすごいんだけど、このときの死神の冷たい表情も最高にかっこよくて好きです…それまでのコミカルさが嘘のように冷ややかで怖かった…(ドイツ軍または死を表す概念ダンサーが妙にセクシーなのどうなんだ、とちょっと思いつつ)

youtu.be

・洞窟で過去に心中した恋人たちのエピソードを聴く場面のナンバー、Alone Here With Youの美しいこと!切なく胸をしめつけるような曲調と惹かれ合うふたりの視線がなんかもうほんとうっとりする場面ですね…。

youtu.be

・幕間挟んで2幕、Something's Happened。朝寝過ごしただけで家族全員に「お察し」される大ナンバー歌われるのちょっとおもしろかったです。

youtu.be

・やたら顔のいい使用人で目を引く瑠皇りあくんも菜々野ありちゃんとデュエットあって嬉しい〜


・死神が本音を歌ってそれを聴いたグラツィアが声を重ねるMore and Moreのデュエット、聴かせますね!!!!

youtu.be

・グラツィア・デイジー(きよら羽龍ちゃん)・アリスの3人が妄想ソングFinally to Know歌うところ可愛い場面でしたね。後ろでサーキ・エリック・コラードも女性陣の妄想の中のイケメンと言う感じでなんかやたらすまして踊ってるのちょっとおもしろかったです。

youtu.be

・Pavaneで衣装みんなモノトーンになるところ、衣装素敵だったなー。

youtu.be

・サーキ王子→死神ペストマスク形態→死神最終形態の衣装チェンジ早!どんな早替え?と思いましたがペストマスク形態は下級生雅耀くんが演じていたようですね。なるほど。

・白軍服→かわいいパジャマはさんで水色スーツ→タキシード、と衣装変えるたびに「こんな王子様みたいな人いる…?」と目がハートに。発光する最終形態で灰になるかと思いました…

・宝塚のトップが演じる人外の役からしか得られない栄養素がありますね…(寝言)月城さんのいろんな表情が観られるのも良かったんだけど声のトーンの使い分けに惚れ惚れしてしまった。「声がいい」「声が好き」とか言い出したらもはや恋ですね…