祈りと怪物〜ウィルヴィルの三姉妹(KERAバージョン)

ケラさんがツイッターで「俺史上最長の上演時間」と呟いた瞬間にタイムラインが「ざわ……ざわ……」ってカイジみたいになりましたよね……。まあキャストの濃さと人数からしても大作になるだろうとは思いましたけど、上演時間が4時間10分て! 18時半に開演して終わるのが22時40分て! どうかしてるぜ! とはいえナイロン100℃「百年の秘密」が3時間半でまったく長く感じかなかったのを思うと、まあ4時間超もアリかもね、と思ったのも事実。で、実際見たら「うん、これなら5時間でも観られたな…」とか正直思いましたからね。まったく、最近のケラさんの筆力は本当に凄い。ここ数年は毎回「これが遺作」のつもりで書いてるというけれど、本当にいつ亡くなってもおかしくないと思えるほどのクオリティの高さだ。

構想メモの時点で「もしも、ガルシア・マルケスが『カラマーゾフの兄弟』のような物語を、姉妹に置き換えて書いたら?」とケラさんは書いている。パスカルズが音楽を担当することもあり、ナイロン100℃の「フリドニア」シリーズのような作品になるのかなあ、と想像していた。架空の街で展開するブラック・ファンタジーな群像劇。まあケラさんの過去作品の中で一番近いのはたぶんフリドニアだろうけど、それでももう少し今回は作品の凶暴性が増しているような。今回の作品はもっとブラックで毒がきつく、物語の展開も緻密でありつつどこか乱暴だ(雑、という意味ではなく)。

ストーリーを書き起こそうとするととりとめなく長くなるのでこれはちょっと次回に。なにせ4時間強の物語だし。ただパンフレットの袋とじの中に人物相関図とネタバレアリできっちりストーリーが書いてあってコレはとても親切。

今回はギリシャ悲劇に出てくるようなコロスも登場するなどケラさんにしては珍しい演出も。このへんは蜷川さんを意識したとしか思えない(笑)。このコロスの中に楠見薫さんや原金太郎さんもいたりして小劇場的には無駄に豪華。プロジェクションマッピング使った演出や、街中のあちこちに場面が飛ぶにもかかわらずストレス無く転換するあたりの手さばきもお見事。パスカルズの生演奏も素晴らしい。

世界観をいきなり象徴するのが、生瀬勝久演じるドン・ガラスの車が「罪を犯した囚人の痛みを動力として動いている」というギョッとするような設定。マフィアのドンのような生瀬さんが実に悪くて嫌な奴で、そしてカッコイイ。終盤はザクザク人が死んでいくし、おそらくケラさんの舞台史上最大とおもわれる火薬の使用量(つまりバンバン銃が撃たれる)ではあったけれど。優しい人間関係も細やかに描かれている。例えばトビーアス(小出恵介)とパブロ(近藤公園)の友情とか、妻メメ(犬山犬子)に対する夫アリスト(マギー)の思いやりとか、白痴のパキオテ(大倉孝二)に対する錬金術師ダンダブール(山西惇)の優しさとか。だからこそその末路が悲しく切なかったりするのだけど。

まあ総じて文句なく素晴らしかったのだけど、好みという意味では前作の「百年の秘密」のほうが好きだった。スケール感としては今回のほうが上なのだけど、百年〜のほうが繊細なホンと演出だったし、何より美しい場面が多かった。人間の毒や痛みを描いた群像劇、という点では共通してるのだけど、前作はもう少し人間賛歌っぽい仕上がりの話だったんだよなあ。もう少し若い頃なら今回みたいに毒のキツいほうが好きだったんだろうけど。




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