歌舞伎座新開場柿葺落 九月花形歌舞伎夜の部「陰陽師」

 新作歌舞伎で夢枕獏陰陽師」、しかも晴明役が染五郎&博雅役が勘九郎、という配役を見た瞬間に「ぴったりやん!」と思いました。原作はシリーズ冒頭の3〜4冊まで、あとは岡野玲子さんの漫画版を読んだ程度ではありますが、それでもこのキャスティングはいまの歌舞伎界でやるなら完璧、と思いました。猿之助さんや獅童さんは出ていないものの、歌舞伎界の若手層はもうほぼ出てるんじゃないか、というくらいの(私達の世代にとっては)豪華キャスト。チケットも早々に売り切れていて、戻り券もほとんど出ないという人気ぶりにちょっと驚いたりしました。


 言い出したらキリがないほどいろいろと惜しいところや不満はあるものの、これは魅力のある作品だったと思います。もう少し手を入れて再演するか、あるいはこの晴明&博雅コンビでシリーズ化して欲しい、と思いました。何が良いかって、染五郎さんの印を結ぶ所作の美しいことったら。映画版でも野村萬斎さんの所作が素晴らしいと話題になりましたが、やはり伝統芸能の方は着物の捌き方が完璧。印を結んだり呪を唱えたりする動作がもう、本当に惚れ惚れする美しさでした。そしてドロドロした物語の中の一服の清涼剤、根っからの善人で笛の名手という設定の博雅も勘九郎さんのキャラにぴったり。ふたりが酒を酌み交わす場面なんかはストーリー展開にはほとんど関係ないものの、原作の重要な味となってる場面だけに、「ああこの場面をたっぷりやってくれて本当にありがとう!」と思いました。

 物語も「死んだ妻子の屍肉を喰らう」とか「病気を治すために妊婦の腹を割いて胎児を取り出しその肝を食べる」とか、なんとも忌まわしくオドロオドロしいエピソードがでてきて、歌舞伎の怪談モノらしい展開。火薬や炎の特殊効果もあり、初心者にもわかりやすく楽しめる内容だったんじゃないかと思います。松緑さん、海老蔵さん、菊之助さん、亀蔵さん、愛之助さん、そして平成生まれの新悟くんにまでしっかり見せ場があり、若手世代のファンにはたまらない、贅沢な内容でした。

 さて不満な点。実はこれも言い出したらキリがない。まず脚本がちょっと惜しい。いや、文庫本2冊分をうまくまとめてそれぞれに見せ場を割り振って、っていうところまでは完璧なんですが、時系列がもうちょっと整理された構成になってたらなあと思いました。現在(晴明と博雅がいる時代)→20年前→その4年後(16年前)→その1年前(17年前)→再び16年前→現代→滝夜叉姫の子供時代(10年前くらい?)→現代、といった具合に時制が動くので、なんかもうちょとこなれないかなあといった感じ。決して難解じゃないし話はちゃんと解るんだけど、ちょっとスマートじゃない印象。

 それから舞台美術と転換。場面数が多いので仕方ないとはいえ、転換タイムが長くて展開がもっさりしちゃう。この辺はどうしても現代劇見てる人間としては点が辛くなっちゃう。そして「もうちょっと……背景、なんとかなりませんでしたか……」と思う場面がいくつも。カキワリ感満点の安っぽい背景だったり、すっかすかのセットだったり、という場面があって、「ああ、きっと時間的にも予算的にもこれが限界の苦肉の策だったんだろうなあ!」というのが透けて見えてしまって、切ない気持ちになりました。これはもう、外部スタッフを入れたほうが良かったんじゃないかと。ふだんの古典のセットに比べたらもう、涙が出るくらいのショボさで……。これだけ客入ってるんだから、もう少し美術さんに予算わけてあげて! と思いました。

 外部スタッフ入れたほうがいいと思ったのがもう一ヶ所、オープニングの百鬼夜行。なんかもう「暗闇に蠢く布」にしか見えなかったし、三階席から俯瞰で見たせいかスカスカ感も半端ない。あそこは思い切って、がっちりクリーチャーデザインできる外部スタッフを入れて欲しかったです。なんてったってオープニングで、この作品の雰囲気を印象づける大事な場面なわけで。漫画なら見開きバーンととって緻密にみっしりと描き込むべき場面のはず。新感線のいのうえさんも、ナイロン100℃のケラさんも、オープニングの演出にはとにかく気合を入れてカッコイイ場面を作ってくれるんだけど、そのくらいの気合が欲しかったなあ、と。ただまあ、オオムカデの場面は歌舞伎っぽくてある意味滑稽で、面白い工夫だなと思いましたけれども。

 まあ、そんなふうにブツブツ文句いっちゃうのはもう、ひとえに私が新感線ファンだからなんでしょうけれど。なにせ「陰陽師」「晴明」「将門」「道満」「関八州」「坂東武者」「まつろわぬ民」「蟲毒」って、新感線の舞台で馴染み深いキーワードがごっそり出てくるもんだから、「ああもうこれいのうえひでのりさんが演出したらもっとスピーディーに転換するのに! もっとカッコよくなるのに! もっと特効使って派手になるのに!」ってイチイチ思っちゃいますからね。悪いクセです。

 なんかもう不満ばっかり書き連ねましたけど、これだけ不満があってもなお、魅力的な作品だったと思うのです。ぜひ美術にもっと予算を使って再演していただきたいと思います。

http://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/2013/09/post_64.html

新開場記念 新作歌舞伎
新作 陰陽師(おんみょうじ)滝夜叉姫
第一幕 都大路「晴明、百鬼夜行に遇いしこと」より
第三幕 貴船山中「将門復活。最後の戦いと大団円」まで
   
安倍晴明  染五郎
平将門   海老蔵
興世王   愛之助
桔梗の前  七之助
賀茂保憲  亀三郎
平維時   亀 寿
大蛇の精  新 悟
蘆屋道満  亀 蔵
平貞盛   市 蔵
雲居寺浄蔵 権十郎
小野好古  團 蔵
源博雅   勘九郎
俵藤太   松 緑
滝夜叉姫  菊之助

夢枕獏の伝奇小説を初の歌舞伎化
 魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)する平安の都。謎の怪事件がやがて都を揺るがす恐るべき陰謀へと繋がり、都を闇が覆う時、一人の男が立ち上がる。その男の名は安倍晴明陰陽師である―。
 一大ブームを巻き起こした夢枕獏の人気小説が、新開場した歌舞伎座にとって初めての新作歌舞伎として登場します。歌舞伎ならではの演出や工夫が凝らされた壮大なスケールでおくる話題の新作です。
 平安の都では、謎の怪事件が次々と起きています。ある晩、都で評判の若き陰陽師安倍晴明は、源博雅とともに百鬼夜行に遇い、その中にいた美しい姫に目を奪われます。そんな中、晴明と博雅は、平貞盛が患った原因不明の瘡(かさ)を調べるうちに、都で起こる奇怪な事件や出来事が、20年前に討伐された平将門に関係していることを突き止めます。さらには、将門を討伐したかつての将門の盟友、俵藤太とともに、その死の謎を追ううち、将門の遺灰を盗み出した者がいたことが判明します。事件の真相とともに謎の姫の正体が将門の娘、滝夜叉姫であることがわかり、20年の時を越えた恐ろしい陰謀が、ここに明らかになります。