『FUN HOME ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』@シアタークリエ


出典:ステージナタリー

2015年のトニー賞授賞式で、子役の子が歌い上げる「Ring of keys」がとても印象的だった作品です。小さな町で育ったレズビアンの漫画家が、ゲイだった父親とその死について描いた自伝的な漫画を原作にしたミュージカル作品。オフ・ブロードウェイで2013年初演、翌年にブロードウェイ進出ということで、今回日本人キャスト版で日本初演となる作品です。とてもパーソナルな題材でこじんまりとした地味といえば地味な作品ではありますが、逆にそこがよくて、心のとても柔らかいところに触れるような繊細で丁寧な作りの作品でした。キャストの好演・熱演もあり素晴らしい舞台だったと思います。見てる間よりも後から思い出してジワジワ来ているので、もう一度みたらおそらく冒頭から号泣してしまうやつですね。

あらすじ。主人公である「大人のアリソン」は父・ブルースの遺品に触れながら過去を回想する。「子どものアリソン」と「大学生のアリソン」がそれぞれブルースとの思い出を描写していく、といった構成。ブルースはカミングアウトしていない「クローゼット」ゲイで、雇った男を部屋に招いたりしているが、ブルースの妻ヘレンはそれに気づかないふりをしている。「子どものアリソン」は女性らしい格好を強要されることを嫌がり、やがて自分がレズビアンであることを自覚する。「大学生のアリソン」は自分を認めてほしくてカミングアウトする手紙を両親に送るが、曖昧な返事に憤って実家に電話をかける。そこでアリソンは初めてブルースがゲイであることを知り、母ヘレンがそのことに触れずずっと苦しんでいたことに気づく。手紙を受け取ったあとしばらくブルースは仕事に異常にのめり込んでいた、それはおそらくアリソンの手紙についてヘレンと話すことを避けるためであろうという状況で、ブルースは自らに追い詰められるようにトラックの前に飛び出す。回想するうちに父親の姿に触れたと感じたアリソンは、幼い頃好きだった父との「飛行機ごっこ」について「完璧なバランスが取れる時があった」と思い出す……という物語(一部、自分の解釈が混ざってますので正解ではないかもしれません)。

レズビアンの主人公とゲイの父親」という、こういう状況下にある家族は圧倒的少数派であろう関係性にもかかわらず、不思議と感情移入させられる物語でした。おそらくそれは「親との葛藤」とか「閉塞感のある小さな町での息苦しさ」とか普遍的な状況や心情を歌っているからでしょう。父親の死の数ヶ月前に父娘でドライブしてるときの道沿いに電線が延々と続いている郊外の風景、「電話線」「電話線」と繰り返されるメロディ、不思議とその光景を見たことがあるような気がしました。お互いに気持ちを伝えたいのに上手く言葉にできなくて流れ行く外の風景だけを見つめてしまう状況、あのもどかしさや切なさは確かにどこかで経験のあるものだと思いました。(そういえば「電話線=Telephone Line」の風景って、日本でいう「電線」と同じでいいのかな、と思って思わず画像検索してしまいましたけど、ほぼおなじものでしたね。全然違ったらどうしようと思いました…)

父ブルースは客観的な視点でみれば結構なクズで、結婚しておきながら家に男を連れ込んだり教え子に手を出したり、どうやら何度も警察沙汰になったりしてるようで、小さな町でよくそれがアリソンの耳に入らなかったな!?と思うほど。街の人はみんな知ってるけど家族はそれに一切触れないって結構な地獄。ただ娘からみた父親という視点で描かれてるので、全体的にそれでも優しいトーンで描写されていると思います。「ゲイの父親とレズビアンの娘だったらマイノリティ同士分かり合えるのでは?」「それが何故自殺を?」と最初は思っていたけれど、父ブルースのゲイのほうは家族の前では「あってはならないこと」になっていてブルースもヘレンも目をそらしていたのに、それがアリソンの手紙によって現実としてつきつけられてしまったがために追い詰められて起こった悲劇。だけどラストの「完璧なバランスがとれた飛行機」にとても救われた気持ちでした。家族には良い瞬間も悪い瞬間もあるけれど、悪いことばかりでなく「完璧な調和が取れた瞬間」も確かにアリソンの中にあって、そこを物語の着地点にしたところがとても良かったです。

役者さんも皆良かったです。瀬奈じゅんさん、宝塚退団後いろんな作品で活躍されてましたが私は久しぶりに舞台で見たような(ヅカ時代はよく観てたんですけどね。ミーマイやグレート・ギャツビーすごく良かったです)。この作品でもしっかりと芯となる案内役を務めてくれました。印象的なのは子どものアリソン(Wキャストでこの日は笠井日向さん)、キラキラした目で感情表現するのが眩しい! 歌も上手くてとても良かったです。そして大学生のアリソンを演じた大原櫻子さんも良かった。ジョーンとの熱烈なキスからのベッドシーン、というかなり際どい場面もあるのですが、体当たりで演じていて良かったです。この場面、まさに「性の目覚め!」という感じで、ちょっと観てるほうも照れてしまうほどなのですが、大人アリソンの瀬奈さんが「あ〜はずかしい〜」と照れながらベッドカバーで隠してくれるのが可愛いやらホッとするやら。お父さんの吉原光夫さんもさすがの声量で聴かせる聴かせる。死に際の場面がまるでレ・ミゼラブルの一場面のようで「バルジャンの告白……?(つд⊂)ゴシゴシ」ってなりましたが。お母さんのヘレン役、紺野まひるさんも上品な歌声で全然悪くないんだけど、吉原さんや大原さんの声量の後だとちょっと「days and days」のナンバーがやや物足りなく感じるような。もっと切実で突き刺さるようなボリュームが欲しかったですね。