「シェイプ・オブ・ウォーター」





ギレルモ・デル・トロ監督の新作。アカデミー賞は作品賞&監督賞含めて4冠! すごい! 「パシフィック・リム」以来、日本の一部のオタクの中には「俺たちのデルトロ」的な気持ちがあるわけですが、オタク代表みたいな監督がこういう「自分のフィールドの作品」でオスカー獲ってくれたのは本当にうれしいです。デルトロ監督おめでとう〜!

舞台は東西冷戦下の1962年、アメリカの極秘研究所に運び込まれたの半魚人のような謎の生き物と、話すことができない清掃係の女とのラブストーリー。怪物の登場するホラーかと思えば「人魚姫」や「美女と野獣」のようなモチーフもあり、スパイ物でもありサスペンスもあり、ちょっとミュージカルもありつつがっつりファンタジーで、そんな様々なジャンルの要素をデル・トロ先生こだわりの作画で描いたラブストーリーでした。

主人公イライザは幼い頃に声帯を傷つけられて話すことができなくなった孤児。一見孤独なように見えますが、掃除婦仲間の友人・ゼルダや、隣人の画家・ジャイルズとはちゃんと手話でコミュニケーションできていて、信頼関係がちゃんと描かれているのがとても優しくて安心して見られます。イライザを追い詰めるストリックランドは性格がわかりやすくクズで感情移入一切しなくていいタイプの悪役。トイレの後に手を洗わないという一点でもうこの人をキライになれますね! ホフストテラー博士は「スパイ任務よりも研究者としての興味が勝っちゃう」タイプの人間で、パシリムにおけるニュートとゴットリーブ的なキャラクター。オタクが一発で好きになるタイプのキャラですね。

美術が素敵です。主人公イライザの部屋や隣人の画家の部屋の温かみのあるレトロな雰囲気が素敵。研究所の美術も懐かしい感じ。テーマ曲も優しさと温かみのある曲調で、画家の部屋のTVから流れるミュージカル音楽も耳に優しくて。一方で、半魚人風の「謎の生き物」の見た目は好き嫌い別れそうなやつですね、目はキョロっとしていて可愛さもあるしスタイルも良いのだけど、黒と青で構成されたぬめっとした外皮に生理的な嫌悪感を抱く人も少なくなさそうな。「もっとグロいやつが出てくるのかなー」と思ってたので私は「あっこのくらいなら大丈夫全然OK」と思いましたが。半魚人がラストにイライザの手話を真似したり、おそらく半魚人側のコミュニケーション方法である「相手の頭に手をのせる動作」をジャイルズにした時、あれ泣きますね。こういうのって意思表示がシンプルなほど気持ちがストレートに来て泣けるやつですよ。簡単な動作とか片言の言語とか。ずるい。

映画そのものはとても良かったしこれが観客に高く評価されることにはなんの異論もないのだけど、賞レースでここまで評価されるのは正直ちょっと意外だったというか。なんていうか、もう何十年も前からこの手の「異端者(人外)男子との恋愛」って少女漫画界では死ぬほど描かれてきたテーマで、ものすごく既視感があるというか。白泉社秋田書店の少女漫画が好きな人ならもう両手で数え切れないくらいこのジャンルの話を読んできたと思うんですよね。主人公が「マイノリティ地味女子」である点もとても少女漫画的。なにしろ「人外モノ」とか「異種間恋愛」なんかのジャンルがあるくらいの単語で、これを出せば「ああ〜」ってその筋の人には通じるのが早い。マーガレットやりぼんの集英社系漫画を読んでるとあまり通らない道かもしれませんが、「花とゆめ」「LaLa」「プリンセス」あたりではよくある設定……なんてちょっと思いました。Twitterでもそう呟いたら数百単位でRT&Favされましたね、少なからず同じことを考えた方はいらっしゃるようで。まあでもこの手の漫画にありがちな「◯◯と恋愛だなんて……」みたいな迷いや葛藤は「シェイプ・オブ・ウォーター」には清々しいほどなくて、イライザは判断が早いな! 男前! と思いました。

あと、演劇ファン視点でいうと野田秀樹さんの「赤鬼」ととても構造が似てると思いました。「異形の姿で言葉が通じないことから知性を認めてもらえない男」と「何らかの理由でコミュニティから蔑まれている/低く見られている女性」が気持ちを通わせてコミュニケーションを取り、男を窮地から逃がそうとする話、という点ではよく似ているなと(女を手助けする理解者が「ゲイの画家」だったり「知恵遅れの弟」だったりといったマイノリティであることも)。野田さんの赤鬼は日本では好評でしたが、ロンドンで上演した時に「今さらこのテーマ?」「もう差別とかそういうの英国では乗り越えちゃったから今さらだよ?」みたいな感じの評価だったように聞いてるので、アメリカの映画界でこれが高く評価されてるのが正直意外な一方で、やっぱりトランプ政権によって世間のマイノリティへの差別意識的なものが数十年分逆戻りしてしまったのかな、というふうにも思いました。(あっ、念のために書いておきますが終盤の展開は「赤鬼」とは違ってますので、イライザが半魚人を食べたりはしないので安心してください)

まあその辺のことが気になりつつも、映画そのものはとってもロマンティックなラブストーリーで、美術や音楽の各種スタッフワークもとても楽しく観ることができました。まあでも「デルトロってだいたいこれまでああいう作品を撮ってきた人」っていう気持ちがあるから「ああー今回のはとてもロマンティックな作品!」って思いましたけど、映画を観ない層の人からしたら「なんかエログロ」「半魚人とヤるとかキモい」「結局あれ最後ふたりどうなったん」みたいな感想になりかねないやつですよね。アカデミー賞取ったからって人に薦める時はちょっと気をつける必要がありそうな気がします。







以下、映画の感想というよりは恋愛観の話なのですが、ついでなので覚書。
Twitterで「美女と野獣」が好きな女性にこの「シェイプ・オブ・ウォーター」を見せてどんな顔をするかで人間性が分かる……、といった内容のツイートもみかけて、まあ「女性って見た目じゃないとか大切なのは中身とかいいながら、結局王子様が好きなんでしょ?」って言いたいんだろうなーと思うんですけど、「美女と野獣」を見た人の一定層は「野獣の姿が人間に戻ってがっかり」「野獣の方がカッコ良かった」って感想を抱いてるんだよなあ……とちょっと思いましてね。

女性って外見から恋愛感情に入らなかった場合、「たとえ好みじゃない外見でもその人に対して情が湧くと、後付けでその人の外見もカッコよくみえるようになる」っていう現象が起きるんじゃないかなーと個人的には思っています(女性に限らないのかもしれませんが)。俳優やアイドル、タカラジェンヌに対するファン心理でもそうなんですけど、「この人の外見は私の好みでない」と思っていた対象でもトーク内容やインタビュー記事でふっと好きになってしまった場合に、後からその人のことがものすごくカッコよく見えてきてしまう現象が起こるんですが(あるよね?)、美女と野獣でもそれが起こってしまったがために「何人間に戻ってんだよ」「野獣の姿で好きになったのに」「美形の王子かもしれないけどその人間の姿には思い入れ一切ねえよ」ってなっちゃったんじゃないかなーと。そんなことをちょっと思いました。

あっ「シェイプオブウォーター」の話でしたよね。そうそう。だからイライザもコミュニケーションが取れるようになってからはあの半魚人の姿がとても愛おしく見えたと思うんですよ。実際映画みてるとこっちも半魚人かわいいーってなってきますし。外皮の質感はともかく体型のほうはきっちりスタイル良くデザインされてるんで、ふたりの性的な場面につながるのもそんなに忌避感がないというか。「あっ…えっ…? できるの…?」ってなった疑問もゼルダが代弁してくれて大変親切でした。