カメラを止めるな!



結論から言うととても面白かったです。私は面白い作品でもあんまり映画館や劇場で声にだして笑うタイプじゃないんですが、思わず声を出して笑ってしまう場面がかなりありましたね。楽しかったし、かなりよくできていました!

さていろんな意味で話題のこの映画。公開当初は上映2館だけという超インディーズ映画だったのに、あれよあれよという間に口コミで評判が広がって、全国140館に拡大公開、その辺のシネコンで観られますよ! という、超異例といっていいヒット作です。多少ミニシアターで話題になった映画でも、こんな勢いで広がったことって過去になかったんじゃないでしょうか。あまりにヒットしすぎたせいか「盗作疑惑!」みたいな下世話な記事も週刊誌に出てしまい、ワイドショーなんかでも取り上げられていてちょっと気の毒な流れになってるんですが。

うっかり週刊誌の記事を読んでネタバレを踏んでしまった人も、それはそれでぜひ映画をご覧になってほしいと思います。正直、みんなが「ネタバレ」と言ってる部分も小劇場ファンにはお馴染みの構成だったりするので、タイトルの「カメラを止めるな」、キャッチコピーの「この映画は二度始まる」、冒頭5分程度の映像、くらいでたぶんその後の構造はなんとなく想像できる内容かと思います。それでもなお腹を抱えて笑えるのは、やはり伏線の張り方とその回収の巧みさ、過不足ない緻密な構成、その一方で「結論がわかっている」にもかかわらずハラハラしてしまう危なっかしさと映像のドライブ感、その相反する要素が絶妙のバランスで成り立っているからではないかと。そしてもちろん俳優さんたちと、カメラの裏側に透けて見えるスタッフ陣の熱量。これは構造的なネタバレを知ったところでさほど色褪せるものではないし、ネタバレを知った上でもう一回観たいと思わせるに十分な内容だったと思います。

ということで、以下はがっつりネタバレしていきますので、未見の方はここまで!
まずは映画を観てからこの先に進んで下さーい。





〜〜〜 ここよりネタバレです 〜〜〜




感想が信頼できる友人たちも声を揃えて「面白かった!」と言ってたので期待しながら観に行ったんですけど、それでもこれ、膨れ上がった期待値をゼロにする、というかマイナスにするのに十分な冒頭37分間ですよね。一言で言えば「ものすごく素人臭くてやっすいゾンビ映画」が延々続くわけで。しかもカット割りなしの手持ちカメラのワンカット映像。屋外に出た途端めっちゃ手ブレして映像が揺れるので正直酔って気持ち悪くなったし、口コミを聞いていなければ正直途中で席を立つレベルでした。「なぜか一瞬カメラ目線になる監督」「挙動不審なスタッフ役」「カメラのレンズについた血糊を拭き取る手」「主演女優の『ちょうどいいところに斧が…』の不自然なセリフ」など、「何か意味があるんだろうな」と思わせる伏線がそこかしこにありつつも、どうにも間延びした展開とか、意味がありそうなのに回収されない伏線とか、「今の何だったん……?」みたいな映像がしばらく続くわけです。

30分強の忍耐の時間が過ぎてようやく「やっすいゾンビ映画」のエンドロールが流れ、いよいよ映画の本筋が始まります。バラエティの再現ドラマなどを撮っていて「早い・安い・質はそこそこ」を自らのキャッチフレーズとしている主人公の監督の元に、ゾンビ専門チャンネル開局記念の「ワンカット生放送のゾンビ映画」の企画が持ち込まれ、ちょっとわがままな主演女優、コダワリの強い主演俳優、赤子連れの女優、アル中の俳優、神経質すぎる俳優、自分で撮影してみたいカメラのアシスタント、などなど、「いかにも現場にいそう」なちょっと個性的な面々が集まってきて……という展開。この二部構成がまあ「ネタバレ」といわれている部分になるんですけど、「前半で見せた芝居を、後半同じことを繰り返しつつ別の視点から演出する」という芝居は結構枚挙に暇がないわけで、まあ演劇ファンには割とおなじみですね。一番有名なのはシベリア少女鉄道ですけど、あそこはもっとトリッキーなやり方でやってますね。この映画に驚いた映画ファンの方はぜひシベ少を観てほしいです、もっと斜め上のサプライズで殴ってきますので。あともうちょっとシンプルな芝居でも、ハイバイの「て」やイキウメの「暗いところからやってくる」なんかはこの二部構成を使ってたと思います。またバックステージものというジャンルは「一度上がった幕は絶対に下ろせない、どんなトラブルがあっても最後まで幕を下ろすな」という物語がメインになりますので、まあほんと演劇ファン的にはそんなに珍しいタイプの物語ではないと思います。タイトルからして三谷さんの「ショウ・マスト・ゴー・オン」を思い出しますし、「ラジオの時間」もラジオドラマの生放送という設定ですもんね。

この時点でもまだ「この程度じゃまったく驚かないんだけど本当に面白いの……?」とちょっと懐疑的な気分で観ていましたが、撮影前までの前日譚もテンポよく人物描写がされ、あっという間に撮影当日。「監督役とメイク役の女優が来られなくなった」「もうダメだ」となったところからの監督夫婦の登場、本番が始まってからも次々と襲いかかるトラブル、大枠の展開としては「予想通り」なんですけど、細部の展開が実に! 上手い! ちゃんと前日譚ではられた伏線や人物描写がきれいに機能していて、この手のコメディにありがちな「ストーリー展開のための不自然な行動」が何ひとつ無い。「ああ!裏でこんなことになってたから冒頭の映像がああなってたのか!」「まさかこんな状況が!」というエピソードが次々と展開します。途中から急に手ブレが激しくなったのすら、まさか理由があったとは!

ここからはもうピッチャーの投げたボールがテンポよくズバズバとど真ん中にキマっていく快感。映画のラストカットもしっかり観たにもかかわらず「ああ、上手く行きますように!」「がんばって!」と応援してしまいたくなる絶妙のライブ感。廃屋に逃げ込んだ主演女優が叫び声を抑えるカットで何が起こっていたのか判明する瞬間なんかもう爆笑でしたし、すごくいい顔で組体操するゾンビ俳優たちの表情とか面白すぎるんだけど妙に胸熱で涙が出そうになったり、最後に出てくる台本に貼られた監督と娘の写真なんかにもホロリときてしまいましたね。

何より「最後は血文字が映らないとダメなんだ!台本読んだのか!」とプロデューサーを興奮のあまり怒鳴りつける監督のこだわりと映画愛、そしてはっと我に帰ってすべてを飲み込み「……わっかりましたっ!」と言うあの姿に「ザ・社会人!」の姿を見てぐっときました。「才能のある作家ではないけれど、『早い・安い・質はそこそこ』という点に自らの強みを見出して安い仕事をしてきた監督」の姿、あれほんと感情移入せずにはいられません……。ラストにちゃんとその絵文字が写って放送終了の声がかかったときは拍手したくなりましたものね。

まあそんなこんなで、評判通りの面白さでした! 「盗作疑惑」「パクリ」なんていうセンセーショナルな見出しがフラッシュやネットニュースに踊ってましたが、記事を読めば「盗作」ではなく単に許諾関係の話し合いの問題だという気がしました。監督もはじめから原案があることはインタビューで答えているし、原作者のほうも「盗作だ」とは言っておらず「『原案』ではなく『原作』扱いにしてほしい」というのがメインの主張のようですしね。そもそも映画公開時には原作者と監督が友好的なツイートをしていましたし、これはフラッシュの見出しの付け方に悪意があると言わざるを得ません。せっかくの映画界の明るい話題にこんなことで水をささないでほしいなあと思いました。