「ジョーカー」

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映画公開前からとにかく話題作だったこの作品。銃撃事件やテロを誘発するのでは、影響されて犯罪に走る人が増えるのでは、などと言われ、賛否もとにかくまっぷたつ。とにかくネタバレを避けてみておこうと早めに見てきました。
 
感想は、うーん、なんといったらいいのか。この感想を書くことは社会と自分の関係とその認識をあらわにするようなもの。感想はそのまま自分を映す鏡のようなもので、いろいろと思うところはあるけれど、一言でいうのはなんとも難しい。ネタバレするような要素は特にないけれど、誰かの感想や解釈を聞いてしまうとそれにすくなからず影響された状態で見てしまうだろうな、まっさらの状態で見たほうが、まっすぐ映画と向き合って自分の立ち位置を確かめることができるだろうな、とそんなことを思いました。というわけで、まだ未見の方は、なるべく他の人の感想を入れずにこの映画を見ることをおすすめします。

 

なんとなく前評判を聞いてるうちに「相棒」の最鬱回、「ボーダーライン」とどっちが鬱作品だろう、と思っていました。就職氷河期に正社員として就職できなかったのをきっかけにセーフティネットから転がり落ちてしまった男の最後を描いたあの回は、あの主人公の男性とまさに同じ世代の人間にとって「身につまされる」としか言いようがなく、試食のドーナツにむらがるアリの絵面のやるせなさが記憶に焼き付いてしまって、「名作なんだけど二度と見たくない作品」として、私の中では映画「ダンサーインザダーク」と同じ引出にしまった作品でした。JOKERの設定や展開を漏れ聞くうちにこの「ボーダーライン」を思い出していて「あれより鬱な話だったらいやだな」と思っていたのですが、結論から言えばボーダーラインのほうが私にとっては鬱作品でした。ボーダーラインもダンサーインザダークもひたすら主人公が理不尽な目にあう話ですが、JOKERは理不尽といっても本人に原因がある部分もあり、ジョーカー=アーサーにそこまで感情移入できるかというとそこまででもない、という感じでした。まあ、鬱は鬱なんですけど、感情移入して観てる人はむしろ終盤でカタルシスを得られるのでは……? という気もしました。終盤はエンタメ要素も感じられる展開でしたので。JOKERは割とリピートも苦でない映画な気がします。
 
貧富の格差、神経障害、社会福祉サービスの打ち切り、銃による過剰防衛、児童虐待、社会に渦巻く不安がある事件をきっかけに噴出……と、なんだか現代社会の問題点をこれでもかと闇鍋にぶちこんだような物語でした。ジョーカーたちヴィランの登場によってゴッサムシティの治安が悪くなったのだと思っていたら、ジョーカーは社会不安の闇鍋で煮詰められた結果できあがった悪の「象徴」なんだな、と。ちょっと状況は違うとはいえ、時を同じくして香港のデモでガイ・フォークスのマスクが使われてる光景見た時に「わっ……」と思ったりもしました。とにかく今日ニュースで見る社会問題とのリンクが多すぎる設定でした。
 
貧しかったり病気を抱えていたりというアーサーの境遇は確かにいろいろ不遇で不運はあるけれど、「コメディアンになりたい、でもなれない」のは単に彼の才能が致命的にないからであって、そこに関して社会への不満を募らせるのはお門違いな気がするんですよね。彼が絶望すべきなのは自分の才能のなさであって、社会の反応に対してではないはず。そこがやはりアーサーに完全に感情移入しかねる一線でした。ただTV番組で嘲笑の的になってしまったあたりとかはやはり「不運」の要素も働いてるあたりがなんともかんとも。なんともかんとも。アーサーのノートに貼られたヌード写真や落書きなんかで微妙に嫌悪感を誘う描写もあるにはありつつも、基本的には「観る人によっては大いに感情移入できる」「観る人によっては嫌悪感を感じる」という絶妙な境界線上で巧妙に作られたキャラクター像だな、という印象でした。
 
まあなんやかや終盤で「ジョーカー」として街に立つアーサーには「アメコミのオリジン物」としての定石通りのカタルシスを感じたりもしましたが、当然そのカタルシスを感じることに対しての罪悪感もあったりするわけで。妄想と現実の境目についても、あのシングルマザーとの関係は完全に妄想だという描写がされていたと思いますが、ラストの精神病院の場面を見ると「この映画で語られたこと」のどこまでが事実なのかを疑わせるような描写で、なんというか「実に巧妙に練り上げられた後味の悪さ」という印象を受けました。この映画が好きか嫌いかはさておいて、この絶妙に人の心を揺さぶるあたりが「巧いなあ」という感想を持ちましたね。
 
映画には賛否両論あるだろうな、という感じなのですが、疑いようがないのはホアキン・フェニックスの凄味でした。ここについては手放しで賛辞を送りたい感じです。笑いながら泣く、泣きながら笑うあの表情は「アカデミー賞ノミネート間違いなしだね」と思いました。気持ち悪さもありつつ、でも時々見せる表情がかっこよく見えたり色気があったりするから困るやつでした。あと出番自体はそれほど多くないとはいえロバート・デニーロの人気司会者ぶり、あれもよかった! アーサーに対して「あっこいつマジモンだ」と察した瞬間にすっと目から笑いが消えたあの演技、なんというか「長年第一線を渡り歩いてきた人間の勘と対応力」みたいなものがにじみ出ていて、緊迫感あふれるいい場面でした。